男女共同参画社会
男女共同参画社会 という言葉は 1999年の「男女共同参画社会基本法」成立以来、各方面で使われるようになってきている。その趣旨はおおよそ次のように要約できる。
- すべての人が[男][女]という性別にかかわらず、人権を尊重され、その個人としての能力を発揮する機会の保障された社会
- すべての人が性別にとらわれずに、自分らしく生き生きと暮らすことができる状態
- [男]と[女]の間に、支配−被支配などの不当な関係性が存在しないシステム
「誰もがその人らしく男女共同参画」 岩波ブックレット (No.593)
21世紀男女平等を進める会 2003年 岩波書店
この本では、法律の解説、成立の背景、地方でどのように条例づくりがなされているかをわかりやすく解説する。また、企業などでの実践のありかたについても具体的に語っている。
■目次
男女共同参画社会基本法とは/世界の動き、日本の動き/リプロダクティブ・ヘルス/ライツと性教育/男女共同参画は日本経済再生の鍵/ポジティブ・アクションで世界の常識に追いつこう…ほか
なぜ女は「男らしく」、男は「女らしく」じゃだめなの?
今年も男女共同参画週間(6/23-29)がやってきた。
とある町(行政)の男女共同参画条例作りとプラン推進に携わってきて早4年。思い返せば、周囲のさまざまな意見がある中で、私はずっと自問自答、葛藤を繰り返してきたなぁと思う。
最近、バックラッシャー(この政策に反論する人たち)が多い中でふと思うのは、“男らしい”ほうは[男]しか、“女らしい”ほうは[女]しか選べなくなっていること、これが問題なのだと。
[男]であっても[女]であっても、「“男らしい”とされているモノ・こと」、「“女らしい”とされているモノ・こと」、あるいは「足して2で割ったようなもの」から、ひとりひとりが 自分の好みや適性に応じて自由に組み合わせて選びとる ことが可能になること。これがまさに、男女共同参画社会のめざすところなのではないだろうかと私は思う。バックラッシャーが言うように「男は男らしく」「女は女らしく」するのがよいのだとしたら、せめて自分が[男]か[女]かは、自分で決められるようになればいいのになぁ。。。
by MONO
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