人口問題協議会・明石研究会シリーズ  「多様化する世界の人口問題:新たな切り口を求めて」 3 後編

2011.7.8

  • 実施レポート
  • 明石研究会

4.国連人口開発委員会(第44回会合)

4月11日から15日までニューヨークの国連本部で人口開発委員会の会合が開催された。テーマは、「出生力、リプロダクティブ・ヘルス及び開発」で、関係諸機関からの報告に続き、国連人口基金のオショティメイン事務局長は、持続可能な開発及び経済成長の加速化のための若者への投資、性と生殖に関する保健及びジェンダーの平等などについて基調報告を行った。
 
44回会合の議題は、①ICPDにおける勧告に対するフォローアップ、②人口分野における各国の経験、③ICPDにおける行動計画のさらなる履行、④国連経済社会理事会2011年年次閣僚レビューのテーマに対する人口と開発問題の貢献について、であった。
 
「リプロダクティブ・ヘルス及び開発」を掲げた合意文書の作成にあたっては、これまでの国際人口開発会議で合意されたカイロ会議の「人口行動計画」、また北京世界女性会議の「行動綱領」、国連ミレニアム宣言、ミレニアム開発目標達成のための合意などを前提として討議された。

「リプロダクティブ・ヘルス及び開発」をめぐっては、各国の主張の違いは3つある。第1は、EUを中心とする「リプロダクティブ・ヘルス/ライツの枠組みを着実に進めよう」という主張で、これは国連の基本方針であり、国連人口基金の活動の根幹でもある。家族計画や保健サービスに人工妊娠中絶、すなわちセーフ・アボーションを含めるかどうかをめぐる考え方の違いは常に争点となっている。

第2の対立軸は、カソリックの宗教理念が受胎した生命をいかなる理由によっても奪うべきでないと主張し、性教育は家族や親の問題であって国家が立ち入ることではないという考えを示しているのに対して、多くの国々は基本的にEUの考え方に賛同し、特に安全な人工中絶が行えることが年に35万8000人に上る妊産婦死亡の減少につながるとする。

今後のテーマはすでに決定し、来年の第45回会議が「青少年と思春期」、第46回が「人口移動の新潮流―人口学的局面」、第47回はカイロ会議から20年の節目にあたることから、「国際人口開発会議の行動計画実施状況の評価」となる予定である。

第3の対立点は、性に関する知識の普及が宗教的・文化的背景から許容できないとするイランなどのアラブ諸国の立場であり、「各国の主権者は宗教倫理や文化、価値などの国内法を尊重し合意文書で再度確認する」などの文言を付けて全体が合意された。

ユースをテーマとする来年の会合では、最大の論点が待ち構えていると言える。その意味で2014年の国連総会での国際人口開発会議に向けて価値観の闘いがある。幸い米国が民主党政権下にあり、2002年から2004年ころまでに議論された宗教観の違いに基づく論争は以前ほど激しくはないが、オバマ政権も中間選挙を前に生と生殖に関連してはあまり発言しなくなっている。そこで、EUが議論をリードする主体となっているという図式がある。

会合では、NGOが様々な立場でロビイングをしていた。ワールドユースというアフリカのNGOやカナダのNGOが右寄りの発言をしており、今までの到達点が逆方向に思える場面もあった。2014年のカイロ会議からの20年に向けた会議を視野に入れた重要な会合だった。

また、日本は人口開発委員会のメンバー国になっているが、今年で任期が切れる。外務省を通じて再立候補して、積極的に議論を仕掛けるようにしたい。日本がこの分野での重要性を認識して、かつてのように研究所、外務省、議員などから複数の人員が参加できればよいのではないか。

【質疑・意見から】

阿藤 誠
国連の人口推計を継続的に観察してきたが、1990年代に入ってから下方修正がずっと続き、1995年ころには2050年に100億人とされた。最近の何回かの推計では2050年で90億プラスαだった。2002年推計では、世界人口そのものが第四半期くらいには減少を始めるという結果も出ていた、今回の推計では趣が変わってきた。その辺についてはどうか。

高橋 重郷
最貧国の人口のシェアが増えることによって、世界人口にシェアの大きくなる国の高い出生率がかけられる。そのことで、2050年に85~90億人と言われていたのが、今回2100年の推計まで出したことによって、その特徴がさらに強くなったのではないか。

コメント
1)会議でのイニシアティブはどうか。2)中国人口は激減し、米国は大きく増えるが、国別の数字は全体として出ているのか。3)可能性ということでは、実際はどの程度の増減が何によって影響を受けるのか。

高橋 重郷
会議でのイニシアティブに関して日本政府代表団は、これまで外務省・厚生労働省と研究所で議論しながら対応してきたが、洞爺湖サミットあたりから外務省が多忙になり、予算カットが始まり、参加する人数が減らされてきた。研究所から1名、外務省から現地大使館の参事と公使が出席し、日本のステートメントは協議しながら進めている。

推計の信頼性については、あくまでも前提を置いた時に将来の人口はこうなるというもので、可能性とは異なる。合計特殊出生率が世界のすべての国で、人口置換水準の2.1になるとはだれも思っていない。しかし理想条件として人口指標を用いた前提の下に推計をしているという理解だ。

コメント
ミレニアム開発目標の到達点が2015年、カイロ会議の行動計画を見直す20年目の会議が2014年、この整合性はどこにあるのか。人口開発委員会では何か言及していたか。

高橋 重郷
ミレニアム開発目標のことは意識されているが、2014年評価に必ずしもリンケージされていない。むしろカイロ会議に力点が置かれている。価値観と宗教観上の議論に関心の焦点がある。

コメント
2010年には世界的に国勢調査が行われたが、人口推計にこれが反映されているとは思えない。国勢調査結果はいつ反映されるのか。

高橋 重郷
国勢調査結果が反映されるのは、次回2012年版の人口推計になると思われる。

明石 康
特に最貧国を中心とした人口問題に力点があったと思うが、主要国の高齢化率や生産年齢人口の割合に光を当てると、日本の問題が顕著に脚光を浴びるのではないか。日本と似たケースとして、ヨーロッパではドイツやイタリア、アジアでは中国と韓国が浮かび上がってくる。アジアでも中国とインドがかなり違うということが印象にある。両国ともアジアにおける巨大な国として、国際政治で注目されているが、人口に関してはばらばらな動きをしている。これについてはどうか。

中国でもインドでも女児の中絶が共に指摘されているが、どちらが深刻か。
国連の統計はいろいろな前提に基づいているのだから、前提を変えると結論も変わってくる、国の意図的な政策によって将来の予測が変わる可能性はどうか。

解釈の仕方が変わってきてゆがみによる結論の違い、前の解釈が違うことにより予測がぶれるようなことはあるかどうか。

理想と現実が違うとしても、人間である以上現実を直視する必要があると同時に、理想、ビジョン、価値観によってある程度将来の人口のパターンが影響を受けるとすれば、ソーシャルエンジニアリングを行うことをどう考えればよいか。そういう方向に大胆に進むべきか、基本的な資源や環境の予見の下で、最貧国にまず重点を置いて将来に備えるべきか、最貧国のみならず日本を含むいろいろな国の問題も同時に取り上げたほうがよいのか。

今後の研究会の焦点として日中韓の人口問題の協力を探りたいと思うが、それについても高齢化、生産年齢人口などをみると協力の可能性があるよう思うが、メディアの深読みだろうか。

高橋 重郷
インドでは性別選好が強く、平均寿命で見ても男性が女性より長い国がインド周辺にある。女性は稼ぎ手にならないので、病気でも治療をしてもらえず人口における男女差を生む遠因のひとつとなっている。中国では、人口統計上の問題の現れが「ヤミっ子」の存在となった。

日本と中国、韓国の違いは人口転換の時期とタイミングにあり、日本は1920年代から死亡率が低下しはじめ、出生率は戦前から徐々に低下傾向があったがベビーブームで急に上がり、60年代までに収束した。比較的長い期間がかかって人口転換を行った日本では、成長の時間が後に流れて1960~70年、80年代と経済成長のエンジンが働いていた。その背景に人口転換の時間的ゆとりがある。

韓国では、出生率が4から急激に下がったのは70年代である。また中国の一人っ子政策で急にブレーキがかかり、働き手人口が「山なり」になるカーブが短期間で終わっている。韓国や中国では経済を引っ張っていけるチャンスとして、人口学では「成長の機会」という。限られた時間のなかで社会保障制度にどう役立てるのかが大きな問題であり、日本がまさに今抱えている根元の問題は社会保障制度の設計そのものが失敗しかかっていることにつながっている。

最貧国の問題では、世界全体でみると最貧国を世界的な枠組みの中でソフトランディングさせることなしには地球全体が生き残れない。経済の成長途上にある中国、インドが日本以上の役割を果たしていくことを求める必要がある。

阿藤 誠
推計の前提に正確度やソーシャルエンジニアリングがどう影響を与えるのかという問題について、国連の人口推計のひとつの評価は、世界の人口学者・統計学者の総合的な知恵に基づいていることであり、信頼性の高いデータによっていることである。

現状の評価が変われば推計結果も変わるというのは正しい判断である。かつて1960年代、70年代はまだ途上国が人口転換を始めていないか、またはゆっくりだった状況のなかでかなり高目の推計だった。1990年代に家族計画が普及し、先進国の少子化があって低目の推計になった。アフリカでエイズの影響が非常に大きく、出生率も高いが死亡率も高いということで低目に見ていたこともある。最近になってエイズがコントロールされるようになって、アフリカの人口の見通しが変わってきたと推測できるのではないか。アフリカなどの最貧国でエイズに資金をかけ過ぎて、家族計画への投資が減ったことが出生率に影響しているのではないかという議論もある。
 
ソーシャルエンジニアリングに関しては、例えば中国の一人っ子政策は人口の観点からは成功した例と言える。しかしそれができるのは他の国にはまずないし、まねができない。民族間の対立とか、EUやアメリカの人権重視が価値観として広がってきた中では、強権的な政策がうまくいく保証はない。

コメント
1994年のカイロ会議で中絶問題がヒートして大議論となっていた。その状況が人口開発委員会でもあまり変わっていないことがわかった。その中で従来EUなどと立場が同じだったカナダが右寄りに変わったのは印象的だった。オショティメインUNFPA事務局長の来日記者会見で感じたのは、70億人の人口のうち若者の占める割合が4分の1以上の18億人というのは、歴史的に大きなことだ。性教育などで議論があったと聞くが政治的な安定性、テロの背景になる可能性などの発言はあったのか。

高橋 重郷
性教育は子どもに性行動を奨励するとする立場からの発言が強くあり、これは国際間の取り決めで議論するものではないとする意見がある。したがってこれらの意見に対して、来年の人口開発委員会で家族計画が世界にどんな利益をもたらすか明確に説明できるような理論構築が必要だ。基調講演での安全な中絶がいかに重要かという主張の中で、女性や妊産婦、次の世代の子どもたちの生命を奪わないために安全な中絶の必要性を広く世界に知らしめていかなければならないという主流派の意見があった。

コメント
震災と原発事故の影響で18万人弱の留学生のうち6万人が出国し、帰ってきたのは4000人くらいである。日本語学校は7月期、10月期の応募が激減している。震災原発事故を巡っては留学生以外にも、従来と全く違う形で人口移動の問題が出て人口推計に影響するのではないか。一方被災地に外国人にきてもらうことも考えられるのではないか。

阿藤 誠
来年の頭で日本の新人口推計が発表されるのではないかと思う。その時点で国際人口移動の実態も議題になるのではないか。

高橋 重郷
人口移動を考慮した人口推計は、出入国統計をベースにして、将来外国人の動向を仮定しながら行うが、明らかに震災後の状況が変わってきていても今回の推計に間に合うかどうか、暫定的な扱いになるかもしれない。全国より市町村推計が大変である。

コメント
講義を聞いて、世界の動きがよくわかったが、若者人口がこんなに増えるのかと思った。1994年にNGO代表としてカイロ会議に出席してきたが、性教育や安全な中絶の問題はジェンダーの立場から主張して、多少なりとも他国に影響を与えることができたと思う。

日本では1989年の出生率の1.57ショック以来、少子化のことはもちろん問題にはなっていたけれど、今のような1.3台を記録するというようなことは、意識されていなかった。未就学児童、65歳以上の介護保険上の要介護認定を受けた高齢者というケアを要する人口が、どこで交差するかみたら、2014年に未就学児童より要介護認定者が増える。社会保障上の政策をとることに半ば失敗した国が、世界の爆発する人口大国に対して何ができるのかと頭をかかえてしまう。日中韓や最貧国のどこに接点を求めていくか、全体から言えばカイロ会議の行動計画から後退しないような形でどうやっていくのかよい考えが浮かばない。私の立場から言えば、性教育をきちんとして最貧国の貧困スパイラルに持っていかないようなのが、性教育であり、安全な中絶だろう。

一方で日本のおばあさんの貧困問題は大きく、貧困は女性の側にあると言える。昨年『女、一生の働き方-貧乏ばあさん(BB)から働くハッピーばあさん(HB)へ』という本を出した。高齢女性の貧困は切実な問題である。

阿藤 誠
最貧国の問題から先進国の高齢者の問題まで、広く問題提起があった。明石研究会の今後の課題として取り組みたい。


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