2012.6.8 人口問題協議会・明石研究会シリーズ8 「産みたい人が産める社会とは: 産婦人科医の提言」 後編
2012.7.3
- 実施レポート
- 明石研究会
「性」をめぐって
性分化疾患、性同一性障害、未完成婚、勃起障害(ED:Electile Disorder)など、課題は多い。
ED(勃起障害)
一般診療の中にもう少し組み込まれるべきではないかと思う。有病率は年齢とともに上がるが、若い人でも悩んでいる人がいる。薬を使って改善できるので、妊娠にもつながる。
セックスレス
セックスレスは、1カ月以上特別な理由なしに性行為がないカップルのことで、日本で32%、アメリカでも20%程度という統計がある。日本では1年以上していない夫婦が20%いる。
性感染症
クラミジア感染症をはじめとして、性感染症は2002年をピークに少し減少してきている。
HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン
海外では、子宮頸癌予防のために12歳前後に0、1(2)、6カ月の3回接種してきた。日本を含めアジアに多い52と58型には効かないので、欧米よりはやや効果が劣るとされているが、6~7割は抑制効果がある。日本では2009年から公費負担で中学生高校生に接種が行われている。子宮頸がん予防ワクチンといわれる2価ワクチンと、性感染症のひとつ尖圭コンジローマも防ぐ4価ワクチンがある。
産婦人科診療とコミュニケーション
- 男性医師の発想で患者は女性のみ―性差が強調される。
(自分とは違う、可哀想、仕方ない、すごいなど) - 医師 ― 患者関係が 男性 ― 女性 = 強者 ― 弱者 関係に反映
パターナリズムの反省が産婦人科にはまだ少ない - 女性医療は自費診療が多い ― 統計が取りにくい・健康管理につながりにくい。
避妊・中絶・出産・不妊は自費診療(一部保険)
性の複雑性には、次のようないろいろなパターンがある。
1)親密だが性交はしない関係、2)親密ではないが性交する関係、3)子どもが欲しくないが性交する関係、4)子どもが欲しいが性交できない関係、5)性交したいがしないで我慢する関係、6)性交とはいえない性的接触を好む関係
私自身は何とおもしろい時代に産婦人科医をしているのだろうと思っているが、産婦人科は訴訟率が高い。また下記のように「安心して子どもが産める国」から遠ざかっている。
近年日本の産科医療の現状と問題点として、さまざまな側面がある。
- 産科・周産期医療の水準は世界のトップレベルであるが、産科医・助産師が不足し、医療システムの崩壊を招く
- 産科医師の減少、出産施設の減少により、地域から産科がなくなる危惧
- 母子が主体となる出産・育児への高いニーズがある一方、産科医と助産師のコミュニケーション障害
- 少産・少子傾向の持続
- 高年妊娠・出産、多胎妊娠、合併症妊娠などハイリスク妊娠・出産の増加
- 産科・周産期医療訴訟が多く、賠償が高額化
産みたい人が産める社会:これからの出産への提言
- オーダーメイド分娩/産む人が自覚を持つ
- 家族、助産師・産科医、小児科医、その他の連携
- 安全性が確保できるシステムの構築
女性の自立/エンパワーメント
産みたい人が産める社会
- 産みたいと思う教育は何か ― 性の学習・誕生学としてアプローチ
- 産みたいときに産めるか ― 社会保障の充実
- 産みたいように産めるか ― 費用負担・医療制度
- 産まない・産めない人にペナルティがないか ― 社会環境・職場の理解
- 男性の関与 ― パートナーとどのような関係の下に自分の子孫を残すのか残さないのか
今後の参考に
参考までにお知らせしたい。2012年8月2-5日、アジア・オセアニア性科学会(会長 大川玲子)が、島根県松江市(くにびきメッセ)で開催される。
2010年から世界性の健康学会(WAS)が9月4日を「世界性の健康デー」と制定している。2012年9月9日(日)世界性の健康デー記念イベントが予定されており、テーマは「性の健康―多様性に富むこの世を生きるあらゆる人々に―、東京テーマ:「感性と性感の幸せな関係」である。
質疑と討論
阿藤
たくさんのテーマをお話しいただいた。ご質問あるいはご意見をどうぞ。
◆ ①セネガルに3年ほどいた経験から言うと、近代医療を学んだ医師は日本以上に医療の現場は会陰切開や陣痛促進の処置をしていた。助産院だけでは事故の心配もぬぐえない。世界的な「楽しいお産」に向けた流れを聞きたい。②性交回数が減っているというが、ピル使用量は減っているのか。
早乙女
ジョイセフとJICAのベトナムプロジェクトにかかわったことがある。当初は近代的な医療介入するお産だったが、8年間のプロジェクトの後半ではフリースタイルのお産も進められた。国際協力の視点で見るとある程度確立したものがあると、日本ではなかなか進まなかったフリースタイルのお産が被援助国ではスムーズに普及するのだと思った。
日本では1999年に認可されたピルの使用は増えてはいるが、今10%にも程遠いくらいで、まだ必要な人がアクセスしていない。多くはのまず嫌いで月経困難症や子宮内膜症を悪化させたりしている。
私は助産師寄りの産婦人科医と言われている。病院で見ていると、介入しないほどリスクが下がる。医療介入はどこかの段階で必要となるが、病院の医師は助産院を見学にこないので、助産院でどのようにお産を進めているか知らない。ひとつは医師が仕事を失う(切らない、縫わない)不安があるだろうか。お産の時、(会陰が)切れたら縫えばよいという姿勢では、1人当たりの分娩コストが下がり病院の収入が減ると言われたことがある。
助産院が危険で病院なら安全とは言いきれない。今は病院の危険性を減らすように努力している。助産院と病院がよい関係でタイミングをみながら連携していけるように考えたい。
◆ 産科医の喜びは、自分が取り上げた子どもが50歳になったと聞くこと、もうひとつは自分が育てた医師が早乙女さんのように成長した姿を見ることだ。(彼女は)最初の弟子のひとりで、自分が持っていないもの、つまり女性である(という利点がある)。注文をつけるとすれば、スウェーデンかオランダ、イギリスに1年くらい留学して、国際協力ではなく勉強する場に行って欲しい。外国の教育から得られることはずっと身につくものだ。
早乙女
今は職場を離れることが難しいが、自宅出産の多いオランダや性教育の進んだスウェーデンには行きたいと思っている。逆子、双子の場合は帝王切開というのではなく、できるだけ普通分娩ができるようにと思っても、今若い医師は実際の技術をもたなくなっている。いい状態でお産が楽しく安全にできるということをいつも考えている。
明石
内容の濃い話だったという印象である。「産みたい人が産みたい時に産める社会に」というのは重要なことで、民主主義社会では一番基本的な権利である。社会保障の充実が必要ということに共感する。
具体的に聞きたい。①セックスレス現象を科学的にみた場合の理由、②年齢が高くなるほど妊娠・出産のリスクが大きくなるのに、経済・社会的条件が整っていないからという理由で30代以降に産むというのは、基本的なミスマッチの現象である。これは、日本における人口問題の背後に横たわっている経済・社会的要因だと思うがどうか、③会陰切開が日本では90%で行われていて少子化の一因であろうという意見は重要な指摘と思う。我々はこれに対して臨床の場でも再考すべきという気がする。高齢出産の風潮は現象として存在するが、若い世代は不安定な状態にあり、結婚が遅れてしまう。だとすれば、日本の社会保障の重点のおき方が間違っており、年齢の若い世代に社会保障を移すべきだという結論になると思うがどうか。安全で快適な出産が大事ということを、メディアなどではあまり言及していないようで、現場に近いところで仕事をしている人が言いうる声として、新鮮であると感じる。
早乙女
社会保障については、エンゼルプラン(1994年)以降いろいろと充実してきたとは思うが、実際の職場でどうかというと「この職場では産んで戻った人はいない」と言われて、「私が第一号になります」と言えるかどうか、上司や女性の意識の問題が多い。これを止める方法は政府には難しい。ではどこができるか。妊娠して外来に来る女性に「仕事はどうするの」と聞くと、やめたという返事が多い。その前の段階で社内研修や、さらに学生にも就職前に妊娠・出産を含めて(生涯の問題として)伝えていかなければならない。
性の健康、例えば、内科医が糖尿病による勃起障害に対して性を含めた指導をしているか、いろいろな部署で性に関してちょっとでも話ができれば違ってくる。小児科の医師にしても「僕たちのところに妊娠してくる子はたまにいるけど…」というが、「たまに」が問題で、避妊のことを話して欲しいと伝えている。
日本にコンドーム教(コンドームさえ使えば誰とでも)がはびこっている。外国の人に日本の夫婦のコンドーム使用率の高さを話すと、「そんなに不倫が多いのか」と驚かれる。夫婦間だけの性関係なら、避妊法をピル、IUDにすれば自由に楽しめる。「性は楽しむもの」である。大人になって性を楽しめるように、学生のうちから性反応の仕組みを教えて、と言いたい。また、「隠れ不妊」の原因のひとつであるセックスができないカップルに接していても、知らないことから生ずる問題の大きさに愕然とする。
会陰切開を女性性器切除の同レベルで考えることに疑問もあるかもしれないが、受ける女性側からすると、望んでいないことを第三者から同意なしで行われてしまう点では類似している。母親の自尊感情も一緒に切っていることになる。病院では切らないお産への課題を感じている。
セックスレス(ED)については、妊娠した途端、あるいは籍を入れた途端になるケースがある。産後セックスレスも多い。男性にプレッシャーがかかることも一因だろう。30代半ば以降「隠れED」は多い。それが理由での不妊もいる。一方で、生殖とは関係なくなった年齢層が開放的になる例もある。快楽か、親密さの表現か、リスクを回避しながら健康に遊ぶということが語られていないと思う。
明石
いろいろな角度から多くの重要な指摘があった。タブーとして取り上げられてこなかった面も、研究会で目指している提言にも盛り込んでいきたいと思う。
◆ 性が、「表の文化」になっていない。途上国では産みたくなくても男性優位で産まされる。日本の場合、女性は産みたいと思っているのか。そのあたりはどうだろうか。
早乙女
ひとつは、「母の語り」(痛いなどお産の体験の伝達)が否定的なことがあるだろう。21世紀になって多様化、自由になってそう簡単に死ななくなった時代でさえ、月経や、出産という女性だけに起こる部分がまだ取り残されているのではないか。育児をするパパたちが孤立しないで連携していく動きも出てきた。男性は自分では産めないだけに、どうパートナーシップを組んで子どもを産んでもらうか。男性も「親父になるのはかっこいい」ということを聞いていない。結婚や出産はすてきなことだという思いが日本では希薄になっている。
性教育論争が科学的な情報に基づいておらず、思想・信条・医療否定など、大人が大人として自分たちの言葉で語れないため、子どもたちに何が大事か伝わっていない。
阿藤
妊娠・出産・性という人口問題にとって最も基本的なところを、産婦人科医の立場を超えたリプロダクティブ・ヘルスという広い視点から問題提起と同時に政策提言をいただ
いた。社会科学の世界で扱われる少子高齢化のマクロ的議論では表に出てこない、政策的には極めて重要なミクロの視点からの多くの問題を教えていただいた。本研究会の提言にも是非盛り込みたい。
©人口問題協議会明石研究会
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