人口問題協議会・明石研究会シリーズ 「多様化する世界の人口問題:新たな切り口を求めて」 10

2012.11.5

  • 実施レポート
  • 明石研究会

世界保健機関(WHO)東南アジア地域事務局保健システム及び開発部長のモニール・イスラム氏を迎えて、2012年10月3日、現場からみた世界の妊産婦の現状とWHOの戦略について、最新情報や動向を踏まえてお話しいただきました。
2015年のミレニアム開発目標(MDGs)の最終年に向けて、最も成果が遅れているとされる「妊産婦の健康の改善」のために、家族計画の重要性を訴え、私たちが行動を起こすよう呼びかけました。

■ テーマ:現場からみた世界の妊産婦の現状とWHOの戦略
■ 講 師:モニール・イスラム(世界保健機関(WHO)東南アジア地域事務局保健システム及び開発部長)
■ 座 長:阿藤 誠(早稲田大学人間科学学術院特任教授・人口問題協議会代表幹事)

モニール氏の発言の要旨は次のとおり。

モニール

妊産婦死亡率―南アジアとサハラ以南アフリカの現状

妊産婦死亡率はグローバルに見れば、1990年の出生10万人あたり400から210(2010年)へと削減され改善されたとも言える。アジアではスリランカ、マレーシア、タイが比較的良好な状況になった。しかし年に2600万人が出生するインドでは、35の州によってまちまちである。ラテンアメリカでは妊産婦死亡率は低下してきて、目標の達成に近づいている。アフリカではHIV/エイズの問題もあり、妊産婦死亡率をさらに下げるのは厳しい状況で、現在の1.5~2%を毎年5%ずつ下げなければ達成できない現状である。

アフリカとアジアの多くの国では十分な投資をしていないため、妊産婦死亡率は依然として高いままである。サハラ以南アフリカでは平均500と高い数値を示している。

【参考】妊産婦死亡率(出生10万対)の大きい上位10カ国は以下の通りで、すべてがサハラ以南のアフリカ諸国である。

順位 国名 妊産婦死亡率(MMR)
1 チャド 1100
2 ソマリア 1000
3 シエラレオネ 890
4 中央アフリカ共和国 890
5 ブルンジ 800
6 ギニアビサウ 790
7 リベリア 770
8 スーダン 730
9 カメルーン 690
10 ナイジェリア 630

資料:「妊産婦死亡の動向:1990~2010(Trends in Maternal Mortality:1990-2010)」、
   ユニセフ(UNICEF)・国連人口基金(UNFPA)・世界保健機関(WHO)・世界銀行(WB)、2012年5月

妊産婦死亡率改善がと新生児死亡を減らす

1歳未満の乳児死亡の5~6割は、新生児(生後28日まで)の死亡によるもので、新生児の死亡率は妊産婦死亡率と密接に関連づけられる。ミレニアム開発目標(MDGs)5の妊産婦の健康を改善することによって、目標4の乳幼児死亡率の削減につながる。新生児死亡の3分の2は、出産直後の24時間以内に起こっている。出産に時間がかかり窒息する、または感染による敗血症で死亡するケースもある。出産環境を改善すれば、新生児死亡を減らすことができる。

妊産婦死亡の原因としては、出産時の出血、子癇発作、破傷風などの感染症が挙げられる。
予防するにはどうすればよいかわかっているにもかかわらず、対処できていない。合併症も2割から3割ほど起こっている。死亡する原因を考えれば、命を救うことは決して難しいことではなく、解決方法はある。

妊娠している9カ月の間には、なにが起こるかわからない。すべての妊娠は問題に直面するから、いつでも対応できるようにする必要がある。

アジアでは、6~7割の妊婦は生まれる前に何らかのチェックを受けている。しかし助産師がいないし、いても遠い、病院や診療所があってもそこまでのアクセスがないことも多く、バングラデシュでは2~3割程度である。施設に来られても、サービスの質に問題がある。

施設を利用しない理由として、医療のみでなくコミュニケーションの問題もある。さらに、例えば、バングラデシュでは、保健医療施設にきて、帝王切開を受け、輸血が必要となれば300ドルかかる。家族計画をするか、出産をどこでするかを決めるには夫や義母の許可が必要となる。

事例① バングラデシュの例
1980年代のこと、出産に臨んでいる女性がまる3日間、赤ん坊の手が出ていて、引っ張り出そうとしても、難しい状況。妊婦は高熱が出て、明らかに感染症にかかっている、サービスを提供できていればこういうことにはならなかった。

家族計画の必要性

妊娠する年齢があまりに早い、あまりに回数が多い、あまりに妊娠の間隔が短い、あまりに高齢まで続く、ということを改善し、リスク要因を減らせば、死亡は避けられる。スワジランドでは、18歳未満ですでに30~40%近くが子どもを産んでおり、その年齢層の妊産婦死亡率は20~30%という現状である。早婚を防げなくても、少なくとも家族計画によって妊娠を避けることはできる。

多くの国では人工妊娠中絶は非合法か、またはその条件が厳しいが、合法的で安全な中絶によって、妊産婦死亡を減らすことができる。貧血は通常の生活では死ぬことはないが、出産の際に出血が多いと死亡する確率が高くなる。

何が必要か

施設に行けない理由は交通手段がない。行けても薬など物がない。そこから別の病院に行かなければならなくても、交通手段がない。これを改善するには、コミュニティ全体で対応し、優先して考える必要がある。例えば、コミュニティレベルで、家族計画を推進する、だれが妊娠しているか、お金はあるか、交通手段はどうかなどを考える。コミュニティとしてのアプローチが必要である。

インドやバングラデシュでは、デマンドアンドファイナンスという実験的な試みがあり、インドでは女性が妊娠した場合1400ルピーを提供し、それを妊産婦が交通費や必要な経費として使えるようにしている。

施設では、分娩台は30年も前のもので擦り切れたマットを使っているし、陣痛の痛みのなかで温度が高いのに換気装置もなく、分娩室の隣にドアのないトイレがあるという劣悪な環境が現存している。施設の数というより質にも問題がある。

金、物の問題ではなくサービスをどう組み込むかと考えれば、もっと資金が必要な国もあるだろう、これは政治的な意図がどのようなものかということで、リーダーシップの問題でもある。インドでは、お金の問題ではなく汚職と腐敗の問題が多い。アフリカの多くの国々では、戦争や紛争を克服しなければならない。保健・医療については、単に保健省の問題ではない、資金の問題でもない、政治的にどう認識しているか、ジャーナリスト、関連の省庁など周りから圧力をかけていくことが必要。

女性が、この世に生まれて、命を産むために自分の命をなくすということは、私にとって絶対に受け入れられることではない。途上国の女性にはサポートが必要であり、発言権が必要。私たちが代弁者となって行動するべきではないか。

事例② アジアのある国
すでに5人のこどもがいる女性がいて、今妊娠中。陣痛が来て、分娩室に入って20時間経っても赤ちゃんは出てこない。どうしたものかと考える。家族は小さな土地をもっていてその土地のお金で生活している。女性を助けるには2万タカが必要。お金を借りるにしても金利は100%を超える。それでもいいから夫は妻を助けたいと家族に相談した。ところが、5人も子どもがいるのだから、土地をなくしたらどうやって食べていくのか、妻を亡くしたら再婚すればいいという答えだった。

何と悲しい話だろう。妊産婦に対して、そして女性の命がその程度にしか考えられていない。女性が命をつなぐサイクルを担いながら、リスクをおかして妊娠する。最高のサービスを女性に提供しなければならない。
皆さんは、自分で日本という国を選んだのではなくても、日本に生まれたから苦難に遭わずにすんでいることは幸せである。この研究会に集まった皆さんは、関心をもって何かをしたいと考えているから、ここで私の話を聞いてくれたのだと思う。皆さんにも何らかの責任があるのではないだろうか。どうか行動に移してほしい。

座長を務める阿藤教授

座長を務める阿藤教授


阿藤
本日は、WHOモニール氏から、途上国における妊産婦死亡率の改善の遅れ、妊産婦の出産の悲惨な現状、その改善のための方策・改善に必要な資金などのお話を伺い、先進国日本の責務を改めて感じた。

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