「世界人口白書 2018」を読み解く 「選択の力」 2018年度 第2回明石研究会(前編)
2018.12.21
- 実施レポート
- 明石研究会
子どもを、いつ持つか、何人持つか、 産むタイミングや間隔を自ら決められる力が経済社会の発展の原動力となる
2018年10月17日(日本時間13時01分)、「世界人口白書 2018 選択の力:リプロダクティブ・ライツと人口転換(The Power of Choice-Reproductive Rights and the Demographic Transition)」が世界同時発表された。
そこで、明石研究会に国連人口基金東京事務所長の佐藤摩利子氏を招いて、白書のテーマに沿った報告をお願いし、座長の阿藤誠先生にはコメンテーターとして参加していただき議論を深めた。
発言の概要は次のとおり。
日 程 | 2018年11月16日 |
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テーマ | 「世界人口白書 2018」を読み解く |
報告者 | 佐藤摩利子(国連人口基金東京事務所長) |
座 長・コメンテーター | 阿藤 誠(国立社会保障・人口問題研究所 名誉所長、人口問題協議会代表幹事) |
阿藤 誠
2018年度第2回目の明石研究会を開催する。人口問題協議会を運営するジョイセフは、2018年に50周年の新たな節目を迎えた。今後とも発展を祈念したい。
それでは早速今年発表された「世界人口白書 2018」について、佐藤所長にお話しいただきたい。
佐藤 摩利子
米国共和党政権による国連人口基金への50億円という大幅な拠出金カットの影響により、白書の日本語版制作は未定である。2018年のジョイセフに続き、国連人口基金は2019年に50周年となり、さらに1994年のカイロ国際人口開発会議から25周年でもあるため、人口の議論を盛り上げていきたいと思っている。
今年の白書はリプロダクティブ・ライツと出生率の動向を取り上げており、この動向は「選択できる」または「選択できない」ことに影響されている。
出生率が全体的に低下し始めたのは1800年代で、人々が、子どもを、いつ持つか、何人持つかの選択をするようになってからである。一方、選択する権利を行使できない、または一部しか行使できない国では、合計出生率(合計特殊出生率、TFR)が高く、女性1人あたり4人以上を出産しているか、または合計出生率が低く女性1人あたりが生涯に産む子どもの数は2人以下、もしくは子どもを持たない女性も多い。白書は「すべての人が常にリプロダクティブ・ライツと選択肢がある国は、世界のどこにもない」と述べている。
白書は、世界のすべての国々を合計出生率の動向によって、第2章A legacy of large families(大家族のレガシー、4以上)、第3章Departure from the typical fertility transition(典型的な出生力転換からの離脱(2. 5-3.9))、第4章、Many paths to one destination (一つの目標につながる様々な道筋(1.7-2.5)、第5章Creating conditions for parenthood(親になるための環境の整備)(2.1以下)と分けて記述している。
白書では「リプロダクティブ・ライツと選択」の定義をより広く考え、「選択肢」とは単に合法の中絶サービスが得られるかどうかではなく、個人とカップルが家族のサイズを自由に決定することに関するあらゆる選択要因を含めている。
ICPD(国際人口開発会議)の行動計画に代表される様々な国際的合意文書(持続可能な開発目標:SDGsを含む)では、個人が出産のタイミングや間隔について決定する権利について確認した。しかし、すべての国で、すべての人がどこでもその権利を行使できるようになるまで、引き続き取り組む必要がある。出生率が高い国では、例えば、家族計画へのアクセスが不足しているため、選択肢が限られている。そのため、女性たちは希望する数以上の子どもを出産している。低出生国では、例えば、子育ての費用が高いことや、子どもを産むことによるキャリアへの影響により、選択肢が限られることがある。これらの国では、実際の子ども数は希望する子ども数よりも少ない。リプロダクティブ・ライツは、主に出生率の高い国において、否定されていると思われることが多い。ライツ(権利)が行使され、家族計画のアンメット・ニーズ(必要とされているが満たされていないニーズ)が下がると、出生率が低下すると思われている。
出生率の問題は権利のあり方に影響を及ぼすこともある。例えば、出生率を上げるために、家族計画にアクセスしづらくしたり、強制的な不妊手術、子どもの人数によって経済的機会を制限する政府政策などもある。
出生率低下のための3つの前提条件:
人口学者A・コールは出生率低下のための3つの前提条件を提示した。
- 子どもの人数が少ないことがよい選択であると思われること
- すべての人が信頼性の高い避妊具を入手でき、そして正しく使うことができること
- 出産はコントロールできるという認識を持っていること
出生率の変化による人口転換の経緯
1800年ころの世界の出生率は女性1人あたり約6人。結婚年齢は低く、家族計画に関する知識は低く、乳幼児死亡率は高く、寿命は短く、社会・経済システムは大家族を歓迎した。1770年から1830年ころイギリスで起こった産業革命により貧困が減り、子どもの生存率は改善し、女子の就学率や識字率は増加するなど、産業革命は女性に新たな機会を与えた。
- 出生率が大きく低下した地域はヨーロッパで、特に英語を使用する国々における低下が一番速かった。
- ヨーロッパでは、A・コールの述べる前述の3つの前提条件が揃うと、出生率が下がり始めた。当初は緩やかに、徐々にそのペースは上がっていった。
- 出産をコントロールする方法の選択肢も広がった。次の200年で、出生率は人口置換水準レベル程度になった。地域によってはかなりのペースで低下した。
- 続いてアメリカとオーストラリア等の英語圏で出生率が低下した。オーストラリアでの低下は急激で、1851-1856年生まれの女性は、約8人出産していたが、10年後に生まれた女性(1861-1866年)では半分になり、1人あたりの子ども数が約4人であった。
その後、アジアの出生力転換が始まり、急速に低下していく。
次に出生率が低下した地域は東アジアで、第2次世界大戦後に低下が開始し、非常に速いペースで進んだ。ヨーロッパで200年かかったことが、4分の1以上の速さで達成された。ラテンアメリカでは、ペースは少し遅かったが、パターンは似ている。
アフリカの出生力転換は30年程前に始まったが、ペースは速くなく、高めのレベルで停止する兆候がある。
世界の出生率の低下は、第2次世界大戦後が一番急激であったが、1950年にはまだ世界のほとんどの地域で、出生率は高かった。
現在の合計出生率
サハラ以南アフリカの国々では依然出生率が高い。現在、世界の出生率は多様であり、女性1人あたりの子どもが7人以上の国もあれば、1人に近い国もある。白書で調査対象としている出生率が高い43カ国のうち、37カ国では出生率を下げるための政策がある。
出生率が女性1人あたり子ども1.5人以下の22カ国のうち、19カ国では出生率を上げるべきとの見解がある。出生率が高いと教育やヘルスケアへのアクセスが難しくなる。出生率が低いと社会保障の持続や、労働力の低下が問題となる。
合計出生率(1950年)
合計出生率(2015年)
人口増加率に関する各政府の見解(合計出生率別)
出生率、権利、選択
出生率が高くても、低くても、権利と選択の課題が重要である。国際人口開発会議等の合意において、すべての個人とカップルには、望む時に、望む数の子どもを持つという選択の権利があると確認されている。しかし、今年の白書によれば、すべての人々がその権利を持っている国はなく、常に組織的、経済的、法律的な障壁があり、これらの障壁は国とその出生率によって異なる。結果的に、希望している数の子どもを産むことができていない女性は世界中に存在する。これは全体的な出生率と生活の質に影響する。
出生率4.0以上の国々のほとんどをアフリカの国々が占める。その他で出生率が4.0に近いか4.0以上の国は、アフガニスタン、イラク、パレスチナ、東ティモールとイエメンであり、ここ数十年のうちに紛争などを経験した国々である。これらの国々の女性は、他の国のように、実際より数少ない子どもを望んでいるがその希望はなかなか実現には至らない。原因のひとつは、家族計画へのアクセスや選択肢がないことや、その質が低いことまたは信頼できないことである。
また、ジェンダーの不平等により、女性が選択できないこともある。例えば、夫、両親、義理の両親が家族計画をさせないこともある。女性は仕事や教育が限定されていることや、子どものうちに結婚させられることもあり、子どもを産むタイミングや人数など、自分の人生をコントロールできないことが多い。
合計出生率4.0以上の国
現在、西・中央アフリカ地域の合計出生率は約5.1で、どの国でも都市部の出生率のほうが地方よりはるかに低い。例外の国を除き、アフリカで4人以上の子どもを持つ女性のうち、特に地方では、これ以上子どもを産みたくないと考えている女性は半数に満たない。
合計出生率2.5~3.9の国
合計出生率が 2.5~3.9の国では、出生率は長い期間減少していたが、最近ではその減少速度が減速あるいは出生率が増加した国もある。選択の障壁として、経済的な苦境がある。戦争や不景気による短期的出来事もある。このような衝撃があると、産む子どもの数が減るが、状況が改善すると子どもがもっと生まれるようになる。戦争や不景気の時には、仕事の機会が限定されている女性が特に不利になり、子どもが生まれた場合は、仕事を離れなければならない可能性が高くなる。
また、地方に住む貧しい女性にはより多くの障壁がある。彼女たちの多くは、公的なプログラムによる家族計画をしようしているが、資金不足や普及の問題により、多くは出産に関する希望を無視し、リプロダクティブ・ライツを制限するような政策となっている。
合計出生率2.5~3.9の地域別(15カ国)の推移(1990-2015年)
1990年代には大幅な減少が見られたが、2000年以降、地域によって動向にばらつきが見られる。
合計出生率1.7~2.5の国
出生率1.7~2.5の国の多くはラテンアメリカの国々、一部は中東とアジアの国々である。
これらの国は1990年代から次第に出生率が減少している。この頃から各国政府は家族計画を広く利用可能にした。しかし、これらの国の思春期の青少年は避妊具へのアクセスが難しく、十代の妊娠が多い。また、地方や先住民のコミュニティでは家族計画サービスがない、または不十分であることが多い。また保育料は高価で、手が届かないこともある。
ラテンアメリカ・カリブ海諸国12カ国の合計出生率と推計値(1960-2020年)
合計出生率 1.7~2.5の12カ国では、現在は同じようなレベルであるが、出生率低下の開始時期やペースは異なった。
合計出生率2.1以下の国
これらの国は主に先進国であり、長い期間、人口置換水準以下の出生率である。
ほとんどの国では、個人やカップルはより多くの子どもを望んでいるが、様々な理由により、制限している。例えば、高額な住宅費、安価または無料の保育サービスがない、仕事はあるが、育児休業制度等が整っていない、育児休業からの復帰後、子どもがいない同僚が優遇される、育児休業を取得すると、所得に影響があるなど。
これらの多くの国では、キャリアを優先するため子どもを遅く産む傾向にあり、不妊も問題となっている。また不妊治療も高額である。
いくつかの政府は様々な方法により出生率を上げようと努力しているが、人口置換水準を保つための根本的問題に対応していない。国によっては避妊具へアクセスしづらくしたり、女性が労働市場に入らないようにして、女性がもっと子どもを産むようにしている。
合計出生率の低い53カ国/地域(1980-2020年)
世界の53カ国/地域で出生率は人口置換水準を下回っている。台湾の数値が一番低く、合計出生率は1.1である。
1970年代に、ヨーロッパと北アメリカの先進国、オーストラリアと日本の合計出生率は低下した。
中国でも1970年代の様々な政策により出生率が低下し、1979年に一人っ子政策が開始された。
1980年から1990年代にかけて、キューバ、韓国、タイも出生率が人口置換水準を下回った。
同じ時期に、出生率が低かった南・東・中部ヨーロッパは、さらに減少し、1.3まで下がった。
1990年代から2000年代にかけて、中国の大都市では0.8まで減少。
20カ国/地域の1974年生まれの女性の合計出生率
20カ国/地域の1974年生まれの女性の子ども数をみると、日本では子ども3人以上は15%、2人は35%、1人は20%、0人は30%となっている。
日本の第1子出産時の女性の平均年齢は2015年においては30.7歳(平成29年版 少子化社会対策白書)である。また、他の先進国と比べると、日本の未婚の母による出産は非常に少ない。