「世界人口白書 2018」を読み解く 「選択の力」 2018年度 第2回明石研究会(後編)

2018.12.21

  • 実施レポート
  • 明石研究会

佐藤

すべての人が「選択できる」ために、国々がすべきこと
  • リプロダクティブ・ライツに関する公約を果たすこと。
  • 人口に関連する政策は、リプロダクティブ・ライツを保障し、個々の出産に関する考えを達成できるようなものとする。
  • 政府は定期的にリプロダクティブ・ライツの「調査」をし、法律、政策、予算、サービス、キャンペーンやその他活動がリプロダクティブ・ライツを保障するものとなっているかどうか確認する。
  • 満たされていない家族計画のニーズが満たされるようにする。
  • ヘルスケアシステムの中でリプロダクティブ・ヘルスの優先度を上げる。
  • 普遍的で包括的な性教育を提供する。
  • ジェンダー平等の実現のために努力する。
出生率の高い国ができること
  • リプロダクティブ・ケア・サービスの範囲をさらに広げ、サービスの質を向上させる。
  • 児童婚を撲滅させる。
  • 女性のための教育と仕事を優先する(特に地方で)。
  • リプロダクティブ・ヘルス・ケアのための予算を優先する。
出生率が中程度の国ができること
  • リプロダクティブ・ヘルス・ケアの格差をなくす。貧困層、地方や社会から取り残されたグループに行きわたるようにする。
  • 思春期の青少年、特に未婚の青少年の支援に取り組む。
  • 女性の仕事に関する選択肢や労働参加を増加させる。
  • 高品質で手ごろな料金の保育を提供し、育児休暇制度やフレックスタイムなど導入し、仕事と子育てを効率的に両立できるようにする。
出生率が低い国ができること
  • 有給の育児休暇、フレックスタイム、手ごろな住宅など、家族を支援する政策を広げる。
  • 無料または手頃な料金の保育サービスへのアクセスを拡大する。
  • 不安定な労働市場で働き続けられない人々のための対策を講じる。若者は適正な給料が得られる仕事についているほうが、子どもをつくりやすい。
  • 出生率が高くても低くても、権利と選択が確保される政策を通じて、国は人口に関する課題に対応することにより、人々の生活を改善することができる。
10のまとめ
  1. 1960年代から合計出生率は半減(50%)、コンゴ民主共和国以外は低下。
  2. 国別の出生率の差は過去最大に。
  3. リプロダクティブ・ライツが享受されると合計出生率は2程度に落ち着く。
  4. 国の経済が発展し、高学歴化・都市化が進むと子どもにかかる費用は高くなり、大家族は減る。
  5. 避妊が行われ、出産間隔をコントロールできている低出生率は望ましいが、一方で子育てが難しいために合計出生率が低くなっている場合がある。
  6. 2050年までの人口増加のうち、半分はサハラ以南アフリカの人口増加によるものである。
  7. 合計出生率が4以上の国では、今後都市人口が急激に増加する。
  8. 53カ国では人口維持に必要な2.1よりも合計出生率が低い状況が続いている。
  9. 公共政策の中心となるべき課題:地域、収入、年齢などによらず望む数の子どもを持てるか。
  10. 各国はリプロダクティブ・ライツの維持に必要なサービスを整備する必要がある。合計出生率が2程度の国では、質の高い育児サービスといった家族に優しい政策・サービスが広範囲で実現されている。

「選択」という言葉は、妊娠を避けることや遅らせることだけではない。次の3つのメッセージを伝えて白書の報告としたい。

・「選択」は世の中を変えることができる。
・「選択」は世の中に十分にない。
・「選択」はどこでも実現できる。

阿藤
佐藤さん、ありがとうございました。報告書の中身については意を尽くしてお話しされたので、私は人口学者として白書についての印象を中心にコメントしたい。

今回の「世界人口白書」の特徴

1.カイロ会議以降の「世界人口白書」ではリプロダクティブ・ヘルス(以下、リプロヘルス)、リプロダクティブ・ライツ(以下、リプロライツ)、女性のエンパワーメント、男女平等についての議論がもっぱらで、人口学的議論がほとんどなかったが、今回の白書ではマクロの視点でリプロライツと出生率(fertility)、人口転換(Demographic transition)の関連を正面から取り上げている点。
2.それと関連して、途上国の高出生率だけではなく、先進国の低出生率(少子化)問題についても、リプロライツの阻害という観点から同等に取り上げている点。
人口学的な観点からは、以上の2点が大変印象深い。

Ⅰ.カイロ会議以前の人口問題の認識と人口政策

―1974年ブカレスト会議(世界人口行動計画)~1984年メキシコ会議~)途上国の人口爆発に対処するためにマクロの問題意識から出生率を下げることを目的として、一般的には経済社会開発の視点で論じられてきた。

阿藤誠氏

1.人口問題の認識
①途上地域(世界)の人口急増
→ 経済発展の阻害・環境破壊
②人口急増は、人口転換の第2段階(高出生率+死亡率低下)にあるため。
2.人口政策
①政策的には、出生率低下を促進し、人口転換の第3段階(低出生率・低死亡率状態)に導く。
②そのためには、
(a) 経済社会開発による(子どもの死亡率低下+子どもの需要低下)
(b) 家族計画の普及による出生抑制効率の向上
具体的には、政府による家族計画プログラム+家族計画のための国際協力が必要である。

Ⅱ.カイロ会議

1.人口問題の認識の変化
①人口増加と経済成長の関係は経済学的に不明確
②地球環境の悪化を人口増加に結び付ける議論に対する途上国の反発
③家族計画プログラムの行き過ぎに対するフェミニスト・グループの反発
2.カイロ会議「行動計画」
①人権(とりわけ女性の人権)の不可分の一部としてのリプロライツの尊重
②リプロライツを実現するための(家族計画を含む)リプロヘルスの重要性
③リプロライツを実現するためには[女性のエンパワーメント+男女平等]が鍵となる。
④人口学的議論(人口増加、人口構造、出生率に関する議論)ならびに人口増加抑制や出生抑制を目的とする政策論はほとんど消える。

Ⅲ.カイロ会議以後
  1. 「世界人口白書」は、人口学的議論を排し、もっぱらリプロヘルス、リプロライツ、女性のエンパワーメント・男女平等について議論。
  2. MDG s(ミレニアム開発目標)とSDGs(持続可能な開発目標)でも、人口・出生率に関する目標・ターゲットは含まれず、健康目標のもとで(家族計画を含む)リプロヘルスの普遍的普及がターゲットとされる。
  3. 経済学的には、人口「増加」と経済成長の関係が取り上げられていたが、90年代から人口「構造」と経済成長の関係の議論(人口配当論)が浮上し、出生力転換による人口ボーナス(人口配当)の経済成長促進効果が論じられている。
Ⅳ.今回の「世界人口白書」

以下、特徴と問題点・課題について挙げておきたい

  1. リプロライツと(これまで無視されてきた)人口学的議論(人口転換、出生率低下)との関連を真正面から取り上げている。人口学者にとっては歓迎したい議論である。
  2. 本白書におけるリプロライツと出生率の関係
    ①リプロライツの実現を、(a)避妊による妊娠・出産の制御のみならず、 (b)人々の理想子ども数実現を妨げる社会経済的障碍を取り除くことを含む概念として幅広く捉える。
    ②途上地域の高出生率国については、
    避妊のアンメット・ニーズの充足(リプロライツに合致)によって、出生率低下をめざす。超少子化国については、現実の子ども数が理想子ども数を下回っているゆえ、理想子ども数の実現を妨げる社会経済的障碍の除去(リプロライツに合致):具体的には、仕事と子育ての両立施策;子育ての経済支援;生殖医療支援などが、超少子化の解消につながるとしている。

3.人口サイドから見た、カイロ・アプローチの問題点
①避妊のアンメット・ニーズを充たしただけで高出生率を低下させられるか?
人々の希望子ども数(に基づく合計出生率)そのものが人口置換水準をかなり超えている場合
(例えば、本白書でも言及されているサハラ以南諸国の高出生力規範の存在;北アフリカのモロッコ)、人口増加は大きくなる。
②超少子化国においても、理想子ども数が2人を下回る場合(イタリア、オーストリア)、理想子ども数は2人を超えていても結婚する割合が著しく低下している場合(日本など)、超少子化状況(超高齢・人口減少社会)から脱出することは困難ではないか?
③白書では中国についての記述がないが、リプロライツに抵触する「一人っ子政策」によって出生率の急低下を実現し、結果として今日人口配当を享受し、経済発展を続けている中国をどのように評価するか?

参加者のコメント
  • 今、気になるのは日本の人口問題のことで、出生率は、経済成長、子育て支援、アイデンティティの3つがかかわると思う。
  • 日本のリプロダクティブ・ヘルス/ライツの現状は、世界的にも大きな課題を抱えている。中絶に関しては世界保健機関(WHO)の5段階の分類では下から2番目(安全でない中絶)のカテゴリーにあるという現状。また、地域にもよるが避妊へのアクセスが悪く、ピルの処方に消極的な産婦人科医がまだ多い。女性の自己決定力が低い。
  • 高齢化に関する国連の取り組みはどうか。
  • 高齢化について国連人口委員会では盛り上がりに欠ける面があり、世界人口フォーラムが調整している。UNFPAアジア太平洋事務所(バンコク)では、高齢化のユニットを設置して活動の強化を始めたところ。
  • 日本の10代の中絶率は、出産率を上回っているという状況に対し、タブーになっているリプロダクティブ・ライツ、そして性教育の不十分さという大きな課題がある。
  • 難民問題は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が担当し、移住についてのグローバル・コンパクト(http://www.ungcjn.org/gc/principles/index.html)には国際移住機関(IOM)も取り組んでいる。グローバル・コンパクトは法的拘束力を持たないため、IOMとしてはコーディネーション役として、加盟国の決断を見守る立場にある。

明石 康
減少傾向にある日本の人口について、経済成長率を高めたいとするグループとナショナル・アイデンティティーを保っていきたい人たちとジレンマのなかで、移民の問題では国際的に恥ずかしいほどのあいまいな議論が現れている。日本の合計出生率が人口の置換え水準と言われる2.07 になっても人口は数十年間減少する。

阿藤
合計出生率が仮に今2.07になっても70年くらいは減り続けそれから安定するので、今の人口に留まることはない。

明石
日本の現実としては、女性の社会進出があり、高齢層が働き続けるなかで労働力は落ちていない。

明石康(人口問題協議会会長)

しかし、これからの労働力減少は火を見るより明らかである。移民について人口との関連で、私は長い目で見ればある程度移民を入れざるを得ないと考えている。日本文化を強調する人には、相当抵抗があると思われるが、もっと開放的に柔軟に議論されるべきである。高校生や大学生など若い世代が国際的に意見を交わす場に居合わせることが多いが、中国、韓国の若者たちは闊達に議論ができるようになってきており、心強い。将来の人口のあり方についてわかりやすい議論を広げることが必要である。

阿藤
本日は2018年の「世界人口白書」のテーマである、リプロダクティブ・ライツと人口転換について佐藤さんにお話しいただいた。日本は人口転換の結果としての人口ボーナスを経済発展につなげることに成功したが、その後の少子化・超少子化により、今日人口減少、超高齢化、労働力不足問題に直面している。政策的には、リプロダクティブ・ライツの原則を踏まえた少子化対策に加え、アクティブ・エイジング・男女共同参画の促進が不可欠であるが、移民の受け入れについても受け入れ制度および受け入れ後の統合施策を含めた包括的な議論が必要な時期にきている。

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