社会動員と地域参加―日本の経験にヒントあり:「効果的健康教育を含む社会動員と地域参加に関する研修」の開催

2015.8.20

  • 実施レポート
  • ミャンマー

今年の雨季は豪雨続き

メインイメージ:研修のテーマは、「効果的な健康教育を含む社会動員と地域参加」、参加者数は109名

2015年の雨季は例年にも増して激しい雨が連日続き、ミャンマーの北部、西部、中部地域など広域にわたり河川の増水、橋の決壊、土砂崩れ、浸水などの被害が出ています。南部に位置するエヤワディ地域(全26タウンシップ)にある、本プロジェクト(JICA草の根技術協力事業「農村地域における妊産婦の健康改善のためのコミュニティ能力強化プロジェクト」)の実施地区であるチャウンゴン・タウンシップもデルタ地帯に位置しており、研修を実施した時には、大きな川も小さな川も上流から流れてくる雨水により増水して濁流が流れており、田畑も浸水していました。

そのような時期にもかかわらず、チャウンゴンの村々の母子保健やコミュニティの行政を担う地域の指導的立場の人々など109人が研修に参加してくれました。彼らの妊産婦の健康改善への高いコミットメントを強く感じました。

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    完全に冠水した家々や田畑

効果的健康教育を含む社会動員と地域参加に関する研修

チャウンゴン・タウンシップにおいて8月4日・5日の2日間にわたって、国際協力機構(JICA)、保健省公衆衛生局、ジョイセフ共催で標記研修を開催しました。計画段階では、効果的な健康教育教材の使い方や、健康教育実施法に関する研修を考えていましたが、参加者には、保健医療従事者だけではなく、村落で一般行政に当たる人々も含むため、より幅広い視点での研修テーマを設定しました。

ミャンマーでも他の多くの国々のように、多様な健康教育教材が専門機関や専門家によって作成され広く配付されてきました。教材の作成は大変重要ですが、それを活用する人々のニーズも同様に重要です。また、既存の教材の中には、よい内容であっても、実際に使用する人たちに対する、教材の使い方の指導があわせて行われていなかったりして、十分に活用されていないものもあります。本プロジェクトでは、多くの教材の中から、チャウンゴン・タウンシップの住民や実際にそれを活用する人々にとって使いやすく、かつ自分で使いたいと思えるもの、つまりニーズの高い教材を地域の人々ともに選択し、それらを有効活用するための技術移転を目指しています。

今回その目的に沿ってタウンシップ8保健管轄区からの参加者が一堂に会して、参加型の研修が開催できました。医師、助産師、看護師等医療従事者と村の行政責任者が各管区から参加しました。

また今回の研修で、筆者には、特に日本での住民参加の経験を話す機会が与えられ、技術移転する機会を得ました。実は、2011年の民主化以前には外国人がミャンマーの人々の前で直接話をすることさえできなかった時代を知っている筆者にとっては大変うれしい機会となりました。

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    タウンシップの行政指導者と地域の保健担当者が一堂に会しました

Health by the People in Japan(住民参加による保健活動:日本の事例)

今回は「Health by the People in Japan(邦題「住民参加による保健活動」)」(ジョイセフ制作・桜映画社配給、上映時間26分)というDVD教材を活用し、このビデオを見ながらプロジェクトのローカルスタッフにミャンマー語で解説をしてもらい、まずは日本の保健活動の経験を紹介しました。このDVDは1945年から60年代に行われた日本での実際の地域参加型の公衆衛生・母子保健などの活動のドキュメンタリー映像を一本にまとめて編集したものです。

日本では、この時代、多くの「もの」が不足していました。
保健医療施設、保健人材、医療資材機材、保健システム等なども整っていませんでした。
しかし、日本には、それでもそれらを補って余りある、「人」がいたのです。地域の女性たちやボランティアの人々の保健活動への主体的な参加があり、保健活動のための社会的動員があったのです。まさに健康を守る住民運動でした。自分の命、母親の命、子どもの命、住民の命や健康を守るのは「われわれ」であるという運動理念が住民一人ひとりに浸透していた時代でした。

戦後すぐの感染症対策、地域の公衆衛生のために蚊やハエの撲滅運動や、寄生虫予防活動、トイレや台所の改善、地域の上水道の整備、住民全員参加の結核予防運動や健康診断の奨励、母子保健活動や人工妊娠中絶や望まない妊娠を予防するための家族計画運動の推進など、実に多岐にわたります。

ミャンマーの参加者は、このセッションを通じて、Community Participation(地域参加)やSocial Mobilization(社会動員)の日本の経験を事例として学び、基本的理念や具体的ノウハウについて、映像と筆者のインプットによってヒントを得ることができました。地域の行政指導者の参加者からも、「日本の保健活動では、多くの女性がイニシアティブをとり、それを地域の指導者が支えていたことがよくわかった。」「日本の地域参加は、保健従事者と地域参加が連動して活発に行われたことなど、私たちにとって学ぶところが多い」などの意見・感想が寄せられました。

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    日本の住民参加による保健活動の経験を共有する。質疑応答に応える筆者(左)、右側はチャウンゴン・タウンシップのDr. Aye Naing(タウンシップ医務官)

ミャンマーの住民参加

現在でもミャンマーは、日本の戦後のようにいろいろな「もの」が不足しています。やはり住民の健康への意識改革や行動変容が重要であるという観点を忘れてはなりません。住民へ健康教育を推進する側の立場にいる地域の指導者が参加する研修として相応しいテーマの研修ができたと思います。

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    IEC/BCC関連の教材の活用や効果的な保健教育について講義する保健省公衆衛生局健康教育課の課長補佐の2人。見事なファシリテーションをしてくれました

一人ひとりの健康を守るために住民の意識をどうしたらさらに高めることができるのか。それは簡単なことではありませんが喫緊の課題です。上から下への上意下達・指示命令色の強かったシステムをつくってきた旧ミャンマー政権下では、下から湧き上がってくる「住民参加」という言葉さえ、口にできない時代が長く続いていたのですから。

日本でも同じように戦争中の軍事政権下では、トップダウン式のシステムで動いていました。しかし、何もないところから立ち上がった日本の終戦直後において、もともと日本の社会に根差していた互助精神や住民参加に見事に「火」がついたのです。戦後の地域保健活動では、皆が知恵や知識を持ちより、保健行政、保健人材とともに連携協力体制や住民参加型の健康作り活動を進められたのです。

ミャンマーの農村にも、われわれの知る限り、かつて日本でもそうであったように「互助精神」や地域のために力を集めるというノウハウが確実に根差していると思います。人に尽くすこと、功徳を施すことにより、自分も救われると考えられているのだと思います。しかし、これらの人々の個別の動機づけが保健システムに組み込まれることができれば、物不足や人材不足のミャンマーにおいて多くの不足を十分補えるのではないかと考えます。そして、地域参加や住民と保健スタッフの協働での行動計画づくりが行われることにより、それが地域社会の「セーフティネット」や「社会資本」につながるのだと考えます。

今回の研修では、この研修に参加した地域の指導者に、今後より積極的に母子保健活動にかかわってもらうことを目指しました。自らが動くことにより住民が動くこと(リーダーシップ)を体現することにより、住民参加の重要性や地域の指導者として母子保健の向上のための役割や何ができるのか、を考えるきっかけとなったと思います。

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    グループ討議、4グループに分かれ、熱心な話し合いが行われました。気持ちはひとつ「お母さんや赤ちゃんの命を救うために

また、本プロジェクトでは、この研修に先立って、「コミュニティアクションプラン」という8保健管轄区ごとの活動計画を立てています。今回の研修でも、社会動員や地域参加の基本概念や、効果的な健康教育実施のために必要な要素などを学んだあとで、今年の5月に作成したアクションプランを見直す時間が設けられました。今回の研修を通じて、アクションプランがより効果的に実施されていくように見守っていく必要があります。

チャウンゴン・タウンシップには、30世帯に1人の割合で選ばれた1200人近い母子保健推進員(MCHP)がいて、村々で日々家庭訪問活動や衛生教育活動を実施し、助産師とお母さんたちの「橋渡し役」を担っています。このプロジェクトでは、彼女たち母子保健推進員や助産師等の専門職の人たちを対象にした研修もあわせて行ってきました。これら母子保健推進員と、さらには男性の指導者たちも含めた村人すべての意識改革や行動変容により、「村人の、村人のための、村人による」健康づくり運動の原動力が生まれることを期待したいと思います。

チャウンゴンでは、プロジェクト開始以降、多くの人々が「お母さんや赤ちゃんの命を救おう」という協働目標のもとに1年半にわたり活動してきました。今プロジェクト地区の人々は、さらなる連携協力のステージに立っています。このプロジェクトが、それらを後押していると思います。住民の命を守るのは、自分たちであると同時に地域の人々の連携協力であるという意識が徐々に根付いてきています。ミャンマー版の住民参加や社会的動員による保健活動の好事例が、チャウンゴン・タウンシップから全国に発信される日もそう遠くはないのではないかと思わせてくれました。

そして、改めて母子保健先進国と言われるにいたった「礎」を築いた戦後の日本の多くの保健事業の先達の尽力に、心より敬意と感謝を表したいと思います。

(2015年8月、チャウンゴン・タウンシップにて、報告者:鈴木良一)