知るジョイセフの活動とSRHRを知る

ケニア スラムの小さな部屋に住む彼女は、誰の助けもなく、自宅の床で出産した

2024.5.29

ジョイセフが2018年からプロジェクトを実施しているケニアのニエリという街は、首都ナイロビから3時間程車を走らせた所にあります。私がこれまでに見てきたザンビアの農村などと比べると、しっかりとしたお店や行政施設もあり、小さいながら風情豊かな地方都市といった趣を感じる街でした。
 
このニエリでなぜプロジェクトを行っているかというと、スラム地域とその他のエリアの健康格差や、保健医療サービスへのアクセスに大きな課題があるからです。首都ナイロビやその他多くの地方都市でも、同様の問題が住民のSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性と生殖に関する健康と権利)の実現を阻む障壁となっています。ニエリでは、スラムから最も近い保健センターに分娩施設が無く、医療従事者の介助無しで自宅分娩をする女性がスラムに多い原因の一つとなっていました。また、そこから最も近い分娩施設では、多くの妊産婦に対して受け入れ能力が追い付かず、一台のベッドを複数人で同時に使用するような状況が続いていました。
 
こうした課題に対して、ジョイセフは、ニエリの街の中心に位置する保健センターに分娩室を含む産科棟を新しく建設しました。2023年9月に開催したその開所式に合わせて、ケニアやニエリという街、特にスラムで暮らす女性たちの現状について取材してきたので、皆さまに報告します。


 
2023年9月某日、ケニア出張6日目。私は朝から少し緊張していました。
アフリカの国にはジョイセフスタッフとして何度か訪問していますが、スラムの取材は初めてだったのと、事前にケニアの担当スタッフから、何度も治安についての注意を促されていたからです。
宿泊施設に迎えに来た車は、ジョイセフのプロジェクト車ではなく、お世辞にもきれいとは言えない古く小さな個人タクシーでした。そこに体の大きな現地スタッフとジョイセフスタッフと一緒に乗り込み、ニエリの中心にある市場横の細い未舗装の道を抜けて、急な坂を下り、左右に密集したバラックを眺めながら、スラムの中心へと入っていきました。

ニエリのスラムではチャニア川に沿ってできた窪地に、急な斜面にへばりつくようにバラックが密集しています。

車が1台しか通れない凸凹の土道の端には、下水用にも見える溝があり、そこにペットボトルやビニール等の分解されないゴミが溜まっていました。
 

ドラッグや密造酒の問題なども聞いていた私は、外国人である自分がなるべく目立たないように、帽子を深く被り直し、取材用のカメラもなるべく目立たないようにバックの奥に入れ直しました。
最初の取材先は、ニエリのスラムで自宅出産をした女性への取材です。

車が止まりました。
目的地に着いたのか、それとも道の問題で先に進めなくなったのか。現地スタッフに促され、緊張しながら車を降りると、スーツを着た男性がにこやかに立っていました。
その男性の名前はフランシス・ムルガ。このニエリのスラム地域で教会の牧師をしながら、同時にジョイセフが実施した研修を受けた保健ボランティア(CHP=Commnity Health Promoter)として、地域の女性・男性にSRHRの知識や情報を届けています。
今日は、このフランシスさんが担当している家を取材させてくれるということでした。
 

取材先の家を案内してくれた牧師であり、地域の保健ボランティアでもあるフランシスさん(左)と現地のジョイセフスタッフのザック(右)


 

 
車から降りて200mほど歩いた所に、その家はありました。
約1年前に自宅出産をしたシロさんという女性の住む家です。外観は周囲の家と特に変わりはないのですが、斜面に建っているために細い板の橋を渡り、建物の2階部分にある廊下へと直接入っていきます。
案内された家(部屋)を見て、私はショックを受けました。
ドアを開けたままで、そもそも私たち全員(3人)はその部屋に入りきらなかったのです。
その空間は、2畳もありませんでした。
ドアの前に小さな椅子がおいてあり、その傍らで七輪(のようなもの)でお湯を沸かしていました。部屋の片隅に小さなキッチンのような棚があり、1畳がキッチンと居間、カーテンで仕切られた奥の1畳空間が寝室というイメージです。

火がついている七輪の近くで7歳くらいの男の子が歩き回り、シロさんは1歳くらいの乳児を抱えていました。
この空間に足を一歩踏み入れただけでも、スラムでの人々の生活がどのようなものなのか深く考えさせられました。
私たちは静かに話す、シロさんへのインタビューを行いました。

 
私が感じたのは、日本に住む私の日常生活自体が、違う場所から見ればとても尊いものであるということでした。もちろんこの感慨はこれまで訪れたことのあるアフリカの農村でも覚えたものではあるのですが、お金を稼ぐこと・食べること・家族をケアすること、健康を維持すること、これらのハードルの高さを前に、世界・社会・国のギャップについて考えこまざるを得ませんでした。


 
同時に、「私たちに何ができるか?」という問いに対して、フランシスさんのような現地の人たちと連携して、シロさんのような人たちにアクセスできる、サービスを届けることができるジョイセフの活動に携われることは誇らしいことだとも思いました。

ニエリの女性や妊産婦の命と健康を守るための大きな変化の一歩として、ジョイセフがニエリカウンティ保健局と連携して建設した保健センター内の産科棟。すべての問題を一度に改善することはできませんが、ジョイセフは着実に、「人づくり」と「パートナーシップ」を推進力としながら、現地のSRHRをとりまく環境に変化を起こしています。

今後の記事では、フランシスさんをはじめとした保健ボランティアの活動の様子、そしてニエリのピア・エデュケーター(SRHRについて同世代の仲間に知識を伝える若者ボランティア)達の取材についてお伝えしたいと思います。

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