「Empower Myself」で社会を変えたい
── アートディレクター・間野 麗さんに聞く
はじめに
2010年、国際協力NGO「JOICFP(ジョイセフ)」と、電通のプロジェクトチーム「GAL LABO(ギャルラボ)」が共同で企画したチャリティーピンキーリングプロジェクト。この取り組みは、日本の“かわいい”文化とチャリティを組み合わせた、新しいムーブメントとして注目を集めました。
当時、このプロジェクトにアートディレクターを担当していたのが、間野 麗さんです。彼女はジョイセフの活動に共感し、初めてアフリカ・タンザニアを訪問。その経験を通して、クリエイティブの力で社会課題にアプローチするスタイルを確立していきました。
現在は、“Empower Myself”という言葉を掲げ、女性支援にとどまらず、より幅広い領域でメッセージを発信し続けています。
今回のインタビューは、ジョイセフ事務局次長・小野美智代がインタビュアーを務め、ジョイセフとの14年の歩みを振り返りつつ、間野さんが考える「かわいいチャリティー」や「やんちゃ心を忘れないことの大切さ」、そして、今後のチャリティの可能性までを語ってもらいました。
――ジョイセフを知るようになった経緯を教えてください。
間野 麗(以下、間野)
もう14年も経つんですね。2010年前後、私が電通に入社して3、4年目ぐらいのころに、私が所属していた「GAL LABO(ギャルラボ)」というチームで“チャリティーピンキーリング”を企画していて、支援先を探していたところ、「女性支援ならジョイセフじゃない?」と声が上がりました。
そこで一気に話が進んで、私自身は生まれて初めてアフリカのタンザニアに行かせてもらったんです。まさか自分のアイディアがきっかけで、アフリカに行くことになるなんて想像もしていませんでした。
第1章:「かわいい」×「チャリティ」で生まれたピンキーリング
――2011年には“チャリティーピンキーリング”が誕生しましたね。
間野
はい。ジョイセフと女性の力を活かして社会全体の活性化を目指す女の子専門プランニングチーム「電通GAL LABO」との協働で、2011年3月にリリースされました。2013年には「世界女の子白書」という本も出版して、フォトグラファーのレスリー・キーさん、モデルの冨永愛さん、オードリー亜谷香さんなどがボランティアで関わってくださったんです。
とにかくすべてのクリエイティブに関しては、正しいこと、伝えたいことを、どうやって「かわいく」伝えるか、にこだわりました。いくら素晴らしいプロジェクトだとしても、かわいくないと関心すら持ってもらえないので。
アフリカに行くまでは、自分もチャリティに興味のない若い世代だった。そんな自分をどうやったら振り向かせることができるか?クリエイティブを作るときはいつもそれを考えています。
クラスの優等生だけが共感してくれるものじゃなく、ギャルも共感できる。それがいつもテーマでしたね。
アフリカに行って宿ったパッションのもと、チャリティのイメージを変えたい!そして途上国の現状を少しでもだれかに伝えたい!伝えなくちゃ!と、とにかくまっすぐ信じていました。チャリティーピンキーリングはその当時のまっすぐな情熱のかたまりでできたような感じ。20代だから作ることができたクリエイティブですね。
第2章:I LADY.、そしてネパールへ ―― 活動が広がっていく
――2015年ごろ、ネパール地震の被災地支援でさらに活動が進んだそうですね。
間野
そうなんです。ネパール地震(2015年)を機に被災地を訪れたのをきっかけに、ジョイセフさんは女性支援や性教育(SRHR)をより多角的に展開するようになりました。その一環で立ち上がったのが「I LADY.」というプロジェクトです。
名前の由来は「I decide(決める)」「I love(愛する)」「I act(行動する)」の頭文字で、女性が自分の性と生き方を主体的に選び取ることを応援するキャンペーンなんです。このキーワードを軸に、途上国を含む国内外の女性支援とも連動し、グローバルな視点で女性のエンパワーメントを後押ししているプロジェクトでもあります。
「I LADY.」では、生理や避妊、恋愛、妊娠などに関する正しい知識が十分に行き届いていない現状を変えるため、10代から20代を中心とした若い世代に向けて、性と生き方のリテラシーを高める活動を行っています。
SNSやイベント、ワークショップを通じて、一人ひとりが自分の意思で生き方を選択できるようにサポートするのはもちろん、周囲の人々との相互理解を深めるきっかけづくりにも力を注いでいます。
私はアートディレクターとして、ロゴデザイン、キービジュアル、プロダクトなどをデザインしながら、クリエイティブ面で深く関わっています。
母になって気づいた“Empower”の重要性
――子どもを産むと、社会を見る視点が変わるともいいますよね。
間野
本当にそうでした。私も出産して母になってみると、女の子が女の子であることで損をしたり、被害を受けたり、差別を受けたりしないか? 本当に今の日本の社会は大丈夫?? と、すごく考えます。「I LADY.」が推進するSRHRのすべてが、改めて自分ごとになりました。
SRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights)とは、自分の性や生殖に関する健康・権利を守り、自分自身の意思で行動や選択ができるようにする考え方のこと。正しい避妊や生理、妊娠・出産に関する知識を得られる環境や、自分の身体に関する決定権を持つことを指します。
「I LADY.」は、このSRHRをより多くの人に知ってもらうためのプロジェクトで、若い世代、とりわけ10代~20代の女性たちに向けて情報発信やサポートを行い、自分らしく主体的に生き方を選択できる社会をめざしているんです。
アフリカに行って、娘と同い歳の女の子の置かれた環境を見ると、やはりショックを受けます。「もしも自分の娘がここにいたら?」と考えざるを得ません。
「Empower Myself」──必然的に生まれたクリエイティブ
――現在は「Empower Myself」という言葉をキーワードに、女性支援の枠を超えて、より多様な分野へとメッセージの発信を広げています。昨年は、その想いをかたちにするべく、ジョイセフと共に「Empower Myself」のメッセージロゴも制作しました。
間野
あれは、いつものように「なんかいいコピーは…」と必死に頭をひねって出したわけじゃなくて、本当に自然と「これしかない」と思った言葉です。
実は8年ぐらい前から、チーム内では「Empower Myself」って口にしていたんですよ。でも外へ向けてビジュアルやロゴとして打ち出すのは初めてで、去年やっと作れたなという感じです。
「Empower Yourself」じゃなくて「Myself」なのは、まず自分自身に向き合う言葉、いわばお守りのような力を持つ言葉にしたかったからです。
第3章:不良・ギャルのスピリットは絶対忘れない
――間野さんご自身が、いつも「私はギャル」「不良なんです」って言ってますよね(笑)。
間野
そう、これは大事にしてるポイントなんです(笑)。ジョイセフと一緒にやっていると、どんどん知識も増えて意識が高くなっていくし、周りにいるひとも似たような価値観のひとが集まります。ただ、いちばん届けたいのは、昔の私のように「ギャル」で「やんちゃ」な女の子たちだったりするんですよ。
16歳のころの自分を忘れずにいることで、「あのとき、人生の選択をちょっと間違えたらどうなってたんだろう」と想像できる。そういう原点があるからこそ、いろんな子に届けたいと思えるんです。もはや、年齢も見た目もギャルではないのに、今だにこんなことを言うのも恥ずかしいのですが(笑)心の根底にはいつもギャルマインドが燃え続けています!
ミーハー力と“理屈を超える”アプローチ
――たしかに「かわいい×チャリティ」は、伝わりやすさがありますよね。
間野
はい、理屈を超えて感覚に訴えかけるのって本当に大事で。チャリティって、どこか説教くさいイメージがつきまといがちですけど、「それ、かわいいね!」とか「面白そう!」って言われるとぐっと近づいてくるんですよ。
私自身もミーハーなので、そこをむしろ強みにして、若い子の“心地いい”感覚と社会課題をどう結びつけるかを考えています。現在も、自身のブランドでもチャリティアイテムを販売しながら、ジョイセフの活動を広めることをしています。
夫婦・子育てにおける“Empower Myself”
――私生活でも、マインドをアップデートされてるとか。
間野
やっぱり夫婦でお互いをエンパワーし合う関係にしたい、というのは常にありますね。価値観をすり合わせていく作業は簡単じゃないけど、しつこく、対話をし続け、夫婦として平等か?クラシカルなやり方に縛られてないか?をつねに考えています。
たとえば、子どもの学校のことはすべてクラス会への出席、担任との面談まで、夫の役割にしています。「母親だからクラス会に出席する」という選択はしません。たいがいクラス会で男性は一人か二人。でも夫は恥ずかしがることなく、前向きです。
育児・家事の分担のすべてを自分たちで「選ぶ」。そんな細かな選択のすべてが、Empower Myselfにつながっていくと思います。
SRHRノート、アナログの強さと企業コラボの可能性
――最近だと、ジョイセフがSRHRノートを紙媒体で作って、若い世代にも届けてますね。
間野
スマホのリンクとかEラーニングはもちろん便利。でも、デジタルが溢れかえる今の時代だからこそ、デジタルでは伝わらないものがあると思うんです。特に“性”のようにフィジカルな話題は、紙をめくりながら自分のペースで読めるアナログなものがすごく合う。スマホの画面では通り過ぎてしまうことも、紙の上で出会うと立ち止まって、考えることができたり。
それに、企業とNGOのコラボはますます重要になると思います。たとえば、衛生・環境分野の 製品を手がける「サラヤ株式会社」のラクトフェリン ラボのクリエーティブディレクターとしてジョイセフと連携して支援するウガンダのプロジェクトを視察しました。
同行したサラヤの安田さん(ラクトフェリン ラボのブランドディレクター)が、「私自身がエンパワーされました」とおっしゃっていました。移動中の車中でも、課題解決のためにブランドとして何ができるか?語り合いました。アフリカの空気の中で同じ課題に向いて、同じ情熱を持てることはとても素敵なこと。
こうして企業人がエンパワーされれば、その商品やサービスが社会を変える力になっていくんです。
おわりに:「かわいい」で、心の扉を開く
――最後に、今後の展望をお願いします。
間野
チャリティも、性教育も、ビジュアルの力で、敷居を低いものにしたいですね。「正しいから」参加するのでなく「かわいいから」とか「ときめくから」が入り口になるような。
娘が大人になる頃、日本や世界がどう変わっているかはわからないけど、少しでも自分のクリエイティビティで後押ししていきたいと思っています。
いつもまずはビジュアルで、チャリティも性教育も「かわいい」や「面白い」で突破口を作りたいですね。10年先、20年先になっても「Empower Myself」って言葉は私自身のテーマだし、「完結しない」からこそ面白い。
ジョイセフさんや企業の方々とタッグを組みながら、まだまだ走り続けたいですね。
- Author
小野 美智代
カンボジアの友人の妊産婦死亡をきっかけにジョイセフに入職。広報G、市民社会連携G、デザイン戦略室長を経て22年10月より事務局次長に。自他ともに認める熱血なお調子者。走りながら考える、ゼロから生み出すことが得意。色はゴールド。旅と酒とRUNが好き。14歳と8歳の娘たちと同い年の夫の4人家族。夫婦別姓目的の事実婚&新幹線通勤歴18年。