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刑法を再改正し、 性犯罪被害者が尊重される 社会の実現を

2021.2.15

寄稿(2020年6月)
千葉大学大学院専門法務研究科教授
後藤弘子

※写真:伊藤詩織さんはフラワーデモに参加し、自らの経験を語った(写真提供:一般社団法人Voice Up Japan)

2017年の法改正は不十分だったことが明らかに

2017年7月に刑法の性犯罪規定が大きく改正されてから、3年が経過しようとしている。

この時の改正は、強姦罪の被害者が女性に限定されなくなり、それに伴って「強制性交等罪」と罪名が変更されたのに加えて、18歳未満の子どもに対しては、「現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて」性的行為を行った場合の規定が盛り込まれた。

けれども、残された課題も少なくない。性犯罪被害者が削除を望んできた「『暴行又は脅迫』もしくは『抗拒不能』が認定されない限り、たとえ性交等に不同意であることが明らかであっても犯罪が成立しない」という規定や、性交同意に同意できる年齢を13歳未満とする規定は、今も残されたままである。

いずれの規定も、女性に参政権がなかった1907年(明治40年)に作られた規定であり、1946年公布の日本国憲法がもたらした個人の尊重や男女平等という法規範の抜本的変更の影響を受けないまま生き延びてきた。2017年改正法の附則9条で、施行後3年を目途として、必要があれば「所要の措置を講ずるもの」とされたのも、この時の改正が不十分だという合意があったからに他ならない。

刑法改正の際には、改正されたことそのものが広く報道され、歓迎されたが、改正がなされてもなお、性犯罪被害者にとっての正義が実現しないことを、私たちは2つのケースを通じて思い知ることになる。いずれのケースも、事件が起こったのは刑法改正の前であり、改正の影響を直接受けるわけではない。

しかし、改正がもたらす変化への期待を裏切るには十分なものだった。一つ目は、伊藤詩織さんに関する、2015年に起きた準強姦罪(現行法の準強制性交等罪に相当)事件である。伊藤さんは2017年に記者会見を開き、手記を出版することで、性犯罪被害者が被害者として認められない苦悩を公に発信してきた。刑事事件としては起訴猶予・検察審査会での不起訴相当となり、刑事裁判は行われなかったが、2019年12月に民事裁判で意に反した性行為はあったと認定され、伊藤さんが求める損害賠償が全面的に認められた。

彼女が性犯罪の被害者であると公的に認められるには、告発から2年を経て民事裁判で勝訴するまで待たなければならなかった。しかも、被告側の控訴により、彼女はなおも法廷で闘い続けることを強いられている。

アメリカで始まった#MeTooでは、性犯罪被害者が、「私は(著名な映画プロデューサーの)ハーベイ・ワインスタインの被害者である」と言ったことで、ニューヨーク・タイムズ紙の調査報道が始まった。

報道の中で、被害者は被害者として扱われた。それは加害者が事件を否定しても変わらなかった。性犯罪被害者が上げた声に耳を傾ける環境は、法改正だけで自動的に整うわけではない。どうすれば被害者が被害者として尊重される社会になるかを考えていく必要がある。

被害者が被害者として認められる社会を

二つ目は、2019年3月に相次いだ強制性交等罪に関する無罪判決である。

中でも、19歳の女性が父親から性虐待を受けていた事件では、名古屋地裁岡崎支部の裁判官は父親による性行為に娘の同意がなかったことは認定したが、被害者は「心理的抗拒不能」の状態に至っていなかった、つまり「その気になれば拒否できたはずだ」として、父親を無罪とした。

この事件の被害者は、14歳の頃から父親に性虐待を受けており、やっとの思いで積年の被害を打ち明け、思い出したくないことを警察官や検察官に話し、法廷でも証人として発言した。にもかかわらず、裁判所は「あなたは犯罪の被害者とは言えません」と宣告したのだ。

この判決が報道されると、2017年の改正では性犯罪被害者を守るには不十分だと気づいた女性たちが、性犯罪被害者に寄りそう意思を示すフラワーデモや、再度の法改正に向けたオンライン署名運動を始めた。フラワーデモでは、多くの性犯罪被害者たちが自分の被害経験を語り、それを見守る人たちもまた自分の被害体験を思い返すことで共感の輪が広がっており、COVID-19の拡大を受けた緊急事態宣言の中でもオンラインで続けられている。

法務省は、改正法附則9条に基づいて省内に設置した「性犯罪に関する施策検討に向けた実態報告調査ワーキンググループ」の取りまとめ報告書を2020年3月に公表した上で、6月に「性犯罪に関する刑事法検討会」を設置し、刑法の性犯罪規定の再改正に向けた議論が始まった。

今回の検討会は、自身も性犯罪被害者で性犯罪被害者支援を行っている当事者がメンバーとして参加しているほか、実務家は全員女性という画期的な構成となっている。刑法のような国の基本的法律については、法制審議会での審議が不可欠なため、今回の検討会がどのような結論を出したとしても、そのまま法律に反映されるとは限らない。現に、前回の改正の際に「性犯罪の罰則に関する検討会」が取りまとめた報告書(2015)のうち、法制審議会で議論されたのはごく一部にとどまった。

今回は、性犯罪の要件から「暴行又は脅迫」(177条)や「抗拒不能」(178条)を削除するなどして性的自己決定権を保障する条文に生まれ変わることや、性交同意年齢を「13歳未満」から引き上げること、18歳未満の場合は監護者以外の監督的立場にある大人による性犯罪にも「監護者性交等罪」(179条)を拡大すること、子どもが被害者の時はすぐに法的対応ができない場合もあることを踏まえた刑事上の公訴時効や民事上の時効の停止など、前回の改正において見送られた内容が再度検討される予定だ。

刑法の性犯罪規定が被害者の性的自己決定権を保障する形で改正されたとしても、それで全てが解決するわけではない。

大切なのは、教育などを通して「性的行為には相手の真の同意が必要だ」と啓発し、性犯罪を予防することだ。

同時に、勇気をもって声を上げた被害者を受け止め、彼らが生き延びるための支援を続けることも欠かせない。性犯罪被害を減らし、被害者を支えるために、私たち一人ひとりにできることを積み重ねていく必要がある。

Author

JOICFP
ジョイセフは、すべての人びとが、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利:SRH/R)をはじめ、自らの健康を享受し、尊厳と平等のもとに自己実現できる世界をめざします