COP29によせて
2024年11月11日から23日まで、アゼルバイジャンの首都バクーで、国連の気候変動会議「国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)」が開催されました。今回、約200カ国・地域の代表による協議の焦点となったのは、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5度に抑えるというグローバルな目標達成に向け、低・中所得国における温室効果ガス排出削減を支援する資金の確保でした。
気候変動と健康:不公正な影響
気候変動がグローバルな喫緊の問題である背景には、人々の健康に大きな影響をもたらすことが挙げられます。アントニオ・グテーレス国連事務総長も、気候変動が人々の健康に与える打撃に言及しました。国連保健機関(WHO)は、「気候危機は健康危機である」とのメッセージを発表し、気候変動対策の議論の中心に「健康」を据えることを提唱しています。気候変動の影響を最も深刻に受けるのは、弱い立場に置かれた36億もの人々です。そのほとんどは温暖化の進行への関与が少ない低・中所得国の住民で、気候変動の影響以前に、社会・経済・文化的状況により、保健サービスへのアクセスが乏しく、自らの健康を守る権利を脅かされた状況にあります。
気候変動への対策、気候行動の中心に「健康」を据えるのは、温室効果ガス削減と共に、健康格差の縮小と生活の質の向上を通して、公正で持続可能な未来の実現に繋げるためです。
気候変動とSRHR
気候変動は、SRHRにもさまざまな影響をもたらします。
自然災害により居住地を離れることを余儀なくされると、保健サービスへのアクセスに影響が出る可能性があります。妊婦健診や施設分娩、産後健診、避妊、安全な中絶へのアクセスが妨げられ、妊娠合併症や妊産婦死亡との関連が認められています。同様に、HIV予防や治療の継続を諦めざるを得ないケースも発生し、HIV感染が増えたり、HIVと共に生きる人々の体調の悪化に繋がります。
干ばつなどで安全な水や食糧が不足すると、真っ先に影響を受けやすいのは女性や女の子です。家族内における食料分配の優先度は女性・女の子が低いケースが多く、妊産婦や授乳中の母親の栄養不良に繋がり、母親の健康と、胎児や新生児、乳児の健康にも影響します。また、多くの地域で水汲みは女性の仕事であるため、水を求めて長距離を移動することで性暴力にあうリスクが増すことも指摘されています。
極端な暑さに妊婦がさらされると、早産や胎児の成長阻害、死産が増えることも報告されています*。
*Hnat, M. D., Meadows, J. W., Brockman, D. E., Pitzer, B., Lyall, F., & Myatt, L. (2005). Heat shock protein-70 and 4-hydroxy-2-nonenal adducts in human placental villous tissue of normotensive, preeclamptic and intrauterine growth restricted pregnancies. American journal of obstetrics and gynecology, 193(3), 836-840.*Lajinian, S., Hudson, S., Applewhite, L., Feldman, J., & Minkoff, H. L. (1997). An association between the heat-humidity index and preterm labor and delivery: a preliminary analysis. American Journal of public health, 87(7), 1205-1207.
極端に高い気温は、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの数)の低下や、精液の質の低下に関連しているとの報告もあります。アフリカでは、平均気温が低く、平均降水量が多いと出生率が上昇し、気温が上昇すると理想とする家族の人数が少なくなったとの報告があります。*
*Eissler, S., Thiede, B. C., & Strube, J. (2019). Climatic variability and changing reproductive goals in Sub-Saharan Africa. Global Environmental Change, 57, 101912.
異常気象によって居住地を追われ人道危機の状況になると、性とジェンダーに基づく暴力(SGBV)、児童婚や強制結婚、女性器切除(FGM)が増加することが報告されています。FGMは多くの地域で結婚の要件でもあるため、気候変動によってもたらされる生存や生活の脅威を和らげるための児童婚や強制結婚を可能とするために、FGMが増加すると言われています。
このように、気候変動によるSRHRへの負の影響を最も大きく受けるのは女性です。言い換えれば、ジェンダー不平等は、気候変動がSRHRに与える悪影響をより悪化させているのです。
ジョイセフの取り組み
ジョイセフは活動国・事業地において、気候変動によるSRHRへの悪影響を軽減するため、地域保健システムを通したコミュニティのレジリエンス(強靭性)強化*とジェンダー平等の推進に取り組んでいます。
- コミュニティ・ダイアローグ*や包括的性教育を通したジェンダー平等の推進
*地域の文化や社会規範を見直すきっかけづくりとしての住民同士の対話 - 保健サービスの安定的提供のため、地域全体で保健活動に取り組む仕組みづくり(地域住民の保健計画策定・実施能力強化、地域保健ボランティアの養成、医療者の能力強化を通じた地域保健システムの強靱化)
- こうした地域住民主体の活動の活性化を支援し、人々のつながりを通じた強靭性を強化
- 国際機関、日本政府、地方自治体への政策提言活動を通じて、SRHRとジェンダー平等を推進
*SDGsのターゲットにも、例えば「2030年までに、貧困層や脆弱な状況にある人々の強靭性(レジリエンス)を構築し、気候変動に関連する極端な気象現象やその他の経済、社会、環境的ショックや災害への暴露や脆弱性を軽減する(ターゲット1.5)」とあるなど、昨今、気候変動や感染症の急速な拡大といった脅威への対応力といった観点から、強靭性の強化が重視されています。
- Author
山口 悦子
2004年にジョイセフ入職後、一貫してアジアとアフリカでSRHRを推進する国際協力プロジェクトに従事している。特にHIV/エイズ、妊産婦保健、男性参加、若者のエンパワーメントといった分野で、コミュニティを中心とした仕組みづくりに携わる。JICAのHIV/エイズ専門家としてガーナで5年の経験、JICAインドネシア事務所の保健分野の企画調査員経験を持つ。第二の故郷はガーナ。趣味は犬(ガーナ生まれ)とテニス。