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幼児にコーヒー、バナナより炭酸飲料? グアテマラで、子どもの栄養改善に乗り出した2人の栄養士たち

2023.2.14

中米の国グアテマラで、カーラとマリッツァは悩んでいました。2人とも社会開発省に勤務する栄養士です。グアテマラでは、一般の人々に栄養の知識が行き届いていないため、子どもにまで深刻な問題が起きていました。
「1ドルのお金でバナナが何本も買えるのに、それよりも炭酸飲料を好んで子どもに与える親がいます。そればかりか、子どもには飲ませるべきでないコーヒーも、体に良いからといって乳幼児にまで与えているのです。こうした食生活の悪影響は計り知れず、子どもたちに栄養不良や発達阻害が見られます」(カーラとマリッツァ)

グアテマラの社会開発省で栄養士として働くカーラ(左)とマリッツァ(右)

この状況を見過ごすわけにはいかない。そう考えた2人は、ジョイセフがJICA(国際協力機構)から委託を受けて実施している「母子栄養改善研修」への参加を決めました。各国の保健行政を担う人材を対象に行われるこの教育プログラムは、母親の妊娠から誕生した子どもが2歳になるまでの1000日間、「人生が始まる大切な時期をより良い栄養で支える」ことを目標としています。

14カ国からオンラインで集まった研修員たちは、3カ月間ともに学び、討論を重ねながら、それぞれの国で母子の栄養を改善するための活動計画を作成し、実際にそのプランを行動に移します。中でもユニークだったのは、この記事で紹介するグアテマラの2人、カーラとマリッツァが思いついた活動計画でした。
彼女たちは、どのようなアクションを起こしたのでしょうか。研修の様子とともに見ていきましょう。

ジョイセフの研修で、一人ひとりが自分の「チカラ」に気づき、自ら変化を起こす「体験」をしていく。

以前は日本で行われていた研修が、コロナ禍の現在はオンライン形式に。研修員にとっては参加へのハードルが下がり、長期にわたるプログラムが可能になるというメリットもある

研修は大きく分けて、5つのプロセスで進んでいきました。

①キックオフ

オンライン研修の最初に、8本の教材ビデオを視聴します。内容は、食育、ガーナにおける母子手帳を活用した栄養改善の取り組み、ザンビアでの地域保健ボランティアの活動、女子栄養大学の教員によるレクチャーなど。母子栄養について、さまざまな視点から掘り下げて学ぶことができます。

②協力関係を築くワークを開始

次のステップでは、参加者一人ひとりが、どんな人や機関が母子の食生活に影響をもたらすのかを書き出し、誰とどのような協力関係を築けるかを考えます。現状を改善するための「大きな突破力」を生み出すためには、研修に参加した本人が所属する部署だけでなく、他の部署や機関との協力も不可欠だからです。
このワークの中で、「子どもの予防接種の際に、栄養に関するレクチャーも行われている?」「衛生的な水を得るには誰の協力が必要?」「栄養について子どもたちが学校で学ぶ機会はある?」という具合に、現状や課題を洗い出し、良い方向へ進めていくための協力先を具体的に考えていきます。

③グループワークで課題解決の糸口を探す

続いて、ジョイセフと各国の研修員がオンラインで集まり、緊密なセッションを繰り返し行うグループワークがスタート。教材ビデオの出演者がパネリストとして登場し、質疑応答を行うセッションもあります。研修員たちは活発に発言し、意見交換をしました。
「保健省の中でも、栄養・母子保健・予防接種・学校保健など、担当者同士の連携が少ない『縦割り行政』が障壁になっている」「新生児には初乳が大切なのに、お産の数が多過ぎて、出産直後の授乳ケアまで手が回らない」
それぞれの状況を共有するこのセッションは、お互いに課題に気づき、解決へのヒントを探るチャンスになります。ジョイセフがファシリテーターを務め、研修員の日頃の仕事内容や持っているリソース、温めているテーマや課題、人脈など、できるだけ多くの情報をヒアリング。コーチのように信頼関係を深め、一人ひとりに伴走し、エンパワーしていきます。

④具体的な活動計画「アクションプラン」を作成

いよいよ具体的なアクションプランに取りかかります。お母さんや子どもの栄養改善につなげるため、研修員たちは各自アイディアを用意してセッションに参加。ジョイセフから、アイディアを具体的なプロジェクトにしていく上でのアドバイスや問いかけがあり、ともに考えながら計画を作り上げていきました。

⑤研修の最後は、各国のチームによる活動記録のプレゼンテーション。体験と成果、目標を分かち合い、今後に向けてモチベーションもアップ

3カ月間のプロジェクトが終了。各国チームが活動レポートのプレゼンテーションを行います。
たとえばマダガスカルのチームは、「初乳・6カ月間の完全母乳育児・離乳食の適切な実施」を底上げするため、身近な存在である義母や伝統的産婆さんなどに着目。影響力の強い彼女たちに母子栄養の重要性を伝えるため、地域のボランティアと一緒に周知を進め、支援に協力的な姿勢になってもらうことで母乳育児を促進しました。
ケニアのチームは、働く女性の完全母乳育児を支援するプランを実施。大きな総合病院をプロジェクト地に選定し、そこで働く育児中の看護師のために、勤務中いつでも利用できる授乳室を設置しました。看護師本人だけでなく、病院側からも「有能な女性が育児で離職しなくて済む」と歓迎されたそうです。

グアテマラのカーラとマリッツァは、炊き出しレストランの「ソーシャルダイナー」に着目し、ユニークなアクションプランを考案。

グアテマラのカーラとマリッツァが活動場所として選んだのは、彼女たちが普段から運営に携わっている、所得の少ない人々に食事を提供する炊き出しレストラン「ソーシャルダイナー」です。このレストランを利用する人々の多くは栄養に関する知識がなく、家庭で子どもたちに不適切な食事を与えていました。

研修プログラムの中で、カーラとマリッツァは、ジョイセフの講師から「良いシェフになりましょう」というアドバイスを受けていました。2人が栄養士だからではありません。母子の栄養状態を改善するために、お金や人手に頼る大きなプロジェクトが最善とは限らない。大事なのは、いま持っている人材やスキルを最大限に活かし、「スパイス」のようなアイディアをひとふりすること。そうすれば、ありあわせのもので美味しい料理をつくる「良いシェフ」のように、誰もが良い変化を創り出せるというのです。

今回の研修では、一人ひとりが自分の中にある「良いシェフ」のチカラに気づき、自ら変化を起こす体験をすることが求められていました。カーラとマリッツァはこのメッセージを受けて、自分たちの活動フィールドである「ソーシャルダイナー」で、どんな行動を起こしていくかアイディアを練りました。

今回の研修で紹介された「良いシェフのすすめ」。スパイスのような「創造的なアイディア」をプラスすることで、すでに行われている母子栄養のための活動を、各段にパワフルなものに変身させます。

たった5ドルの費用で始まった「子どもの栄養改善プロジェクト」

カーラとマリッツァは、グアテマラのサン・マルコスという県で、栄養士として数多くのソーシャルダイナーを担当しています。その中でも、上司や同僚との連携が取りやすい2カ所をプロジェクトサイトとして選び、食事に訪れる親子や家族連れを対象に、「子どもの栄養改善」を呼びかけるプランを企画することにしました。
ふだん栄養について考える機会がない一般の人々に、どうやってアプローチすれば良いでしょうか。いきなり専門的な話をしたら、「難しい」と敬遠されたり、聞き流されたりするかもしれません。
そこでカーラたちは、シンプルで誰にでも分かりやすい、ポイントを絞った3つのメッセージを作りました。

「母子栄養改善研修」 グアテマラチームによる、子どもの栄養3つの課題&改善のためのシンプルなメッセージ

①5歳未満の子どもは、タンパク質摂取量が足りていない
→主食のトルティーヤやごはんに合わせるおかずは、豆にしましょう。子どもの背が高くなり、強く賢く育ちます。

②乳幼児のコーヒー摂取が多い
→コーヒーを飲んでいる子どもは、健康な成長がしにくくなります。

③お金があっても栄養バランスの良い食材を買わず、砂糖を過剰に含む炭酸飲料を選んでしまう
→溶かして飲むだけでバランス良く栄養を摂取できる「穀物ドリンク」を選びましょう(ジョイセフ注:炭酸飲料より安価とのこと)。そうすれば、健康で、社会で活躍できる大人に育ちます。

 
上司や同僚にこのメッセージ案を披露したところ、みんな大いに賛成してくれました。カーラとマリッツァは同僚の栄養士たちと相談しながら、これらのメッセージを紙に書き、カラフルなイラストも添えました。必要経費はペンと紙とプリント代の5ドルだけ。教材が完成したら、いよいよ活動開始です。

同僚と相談しながら栄養改善の教材を作成する

カラフルなイラストを添えて、栄養改善のメッセージを分かりやすくまとめた教材

コーヒーではなく、安価で栄養価の高い穀物ドリンクで背も高くなる

主食のトルティーヤやライスには、豆のおかずを合わせてタンパク質を摂取する

甘い炭酸飲料ではなく栄養価の高い飲料を選ぶことで、健康で活躍できる大人になれる

カーラとマリッツアは、さっそくサン・マルコスのソーシャルダイナーを訪れました。3つの栄養改善メッセージが書かれた紙を広げて見せながら、食事中の家族連れに話しかけて回ります。3世代で食事に来ている家族も多く、おじいさんとおばあさん、お父さんとお母さん、みんなが食べながら話を聞いてくれました。
カラフルで分かりやすいイラストが目を引いたらしく、子どもたちも興味を示してくれました。どの子も背が高くなりたいし、賢い大人に育ちたいので、真剣な表情で耳を傾けています。
中には栄養について質問をする親たちもいて、カーラとマリッツァはうれしくなりました。これまで食材選びに無関心だった人々が、「栄養は子どものために大事なんだ。これなら簡単だし、私の家でもできるかも」と心を動かされていく様子です。2人は手応えを感じました。
家族で栄養に関する正しい情報を共有すれば、家庭の食事にも良い変化が起きそうです。子どもから子どもへ、親から親へ、口コミでも情報が広がっていくことでしょう。

カーラとマリッツァは、この活動の様子をビデオに記録して、研修最後の報告会で披露しました。
「サン・マルコス県には、私たちを含めて6人の栄養士がいます。今後は同僚のみんなも同じセッションができるように、情報共有と仕組みづくりをして、いずれはグアテマラ全土に取り組みを広げていきたいです」と2人は意気込みを語りました。報告会の中で、教材をパウチして繰り返し使えるようにするアイディアが出たり、次のステップへ向けてモチベーションが高まります。
カーラとマリッツァは、周りの人々と力を合わせ、知恵と工夫という「スパイス」をうまく使って、子どもたちの栄養を改善する一歩を踏み出すことができたのです。

カーラとマリッツァの説明を真剣に聞く子どもたち。カラフルなイラストのおかげで小さな子も興味を持つ

研修を担当したジョイセフスタッフより

たった3カ月の間に、グアテマラチームは、上司を説得し、また同僚からの協力を得て、実際のセッション実施まで実現しました。本当に行動力のあるお二人だったと思います。お二人が活動をしている姿を見てとても感激しました。周りの支援が得られているのもグアテマラチームの活動計画が魅力的だったからだと分かります。
グアテマラチームの活動計画の魅力は、まず3つのメッセージがとてもシンプルで、分かりやすいところです。栄養の知識は難しく伝えたいことがたくさんあって、つい山盛りのメッセージになりがちですが、専門的な言葉を一切使わず、分かりやすさを追求したメッセージになっているのが、とても効果的だと思いました。実際に活用する前に試験的に使ってみて、本当にシンプルに情報が伝わるかテストしたそうです。その追求する姿に学ばされます。
活動現場のビデオを視聴しましたが、彼女たちの指導に興味を持って対象者と対話している様子が見られました。「私にもできるかも」と思わせる仕掛けや声掛けは、本当に大切ですね。
また、グアテマラチームの素晴らしい点は、脆弱な層である貧困者が利用するソーシャルダイナーを監督する立場であったこと。日常の職務の延長で対象者に向けて活動ができるのは、活動を継続する上でもとても持続可能なデザインですね。
今後は、同僚の栄養士さんたちも加わってセッションをどんどん実施していって、グアテマラチームのメッセージが国内のソーシャルダイナー利用者に浸透するのを目指しているそうです。特に栄養改善の取り組みは縦割りではなく組織の枠を越えた連携が不可欠ですので、母子保健を担う保健省担当者とのコラボレーションも実現して、情報発信や教材活用などでの更なる連携をみられる日を楽しみにしています。

研修担当 浅村・林

JICAと取り組む「母子栄養改善研修」について

ジョイセフが取り組む「人づくり」のひとつに、設立当初からJICA(国際協力機構)と協力して進めてきた研修事業があります。
JICAは政府開発援助(ODA)の一環として、開発途上国の関係者を対象とする人材養成を行っており、その中でジョイセフは保健行政に関する研修を数多く担当してきました。

2022年8月から3カ月間にわたって行われた「母子栄養改善研修」では、14カ国の保健行政担当者がオンラインでプログラムに参加。グループワークの中で学び合い、それぞれの国ごとに「母子の栄養改善」を目指すための活動計画を作成・実践します。最後に活動報告のプレゼンテーションを行い、今後の発展に向けて新しいスタートとしました。

2023年1月現在、JICAとともに、3つの研修プロジェクト「母子栄養改善」「妊産婦の健康改善」「母子継続ケアとUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ*)」を継続しています。

*UHCとは「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」ことを意味し、すべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを享受することを目指しています。JICAウェブサイトより:https://www.jica.go.jp/aboutoda/sdgs/UHC.html

ジョイセフの出張授業について

ジョイセフは、女性の命と健康を守り、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)を推進する、日本生まれの国際協力NGOです。国際協力で培った「人づくり」の経験を活かし、国内でも自治体と協力して教育活動を行うなど、さまざまな人材養成のプロジェクトに取り組んでいます。

現在、ジョイセフでは全国の高校・大学・自治体・団体などに講師を派遣し、SRHRに関する出張授業やワークショップを行っています。性と体の自己決定権について学び、より幸せに生きるための「ライフスキル」を身につけるセッションを、研修や授業に取り入れてみませんか。学びたい内容に応じて適切なプログラムをご提案します。

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Author

林 未由
NGOでのボランティア派遣、旅行会社勤務、JICA海外協力隊を経て、海外人材養成の分野に。ジョイセフの沢内村ドキュメンタリー映画に感銘を受け、2017年よりジョイセフの人材養成業務に携わる。アジア・アフリカ・中南米の行政官やNGO職員向けの研修事業に従事し、過去40カ国以上の研修員と触れ合う。2021年からは、国内のI LADY.ピア・アクティビスト研修も担当し、若者のSRHR発信者の養成を担う。趣味は裁縫と食べること。コロナで体重増加記録更新中。