7月11日は世界人口デー。今年は1994年に開催された第一回国際人口開発会議International Conference on Population Development(ICPD)から、30周年目の節目の年でもあります。
これまで、国連のさまざまな会議でSRHRの実現に向けた進捗が確認されました。最終的には9月に予定されている「国連未来サミット」の場で、次世代に向けたICPDの課題が再検討されることが決まっています。
5月17〜18日には、「ICPD+30 グローバルダイアログ」がバングラデシュで開催されました。ダイアログでは、SRHR実現の世界中での進捗を確認し、未来に向けた挑戦について対話が行われ、ジョイセフから私、草野も市民社会の一員として参加しました。
第一回ICPDでは公式文書「カイロ行動計画」がすべての国連加盟国によって合意され、この中でリプロダクティブ・ヘルス・ライツが基本的人権のひとつとして初めて言及されました。
さらに翌年の1995年に開催された北京女性会議で合意された「北京行動綱領」の中では、これを一歩先に進める形で、「女性の人権には、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスを含め、強制、差別、暴力を受けることなく、自らのセクシュアリティに関する事柄を管理し、それらを自由にかつ責任をもって決定する権利が含まれる」という表記が含まれました。
ジョイセフが世界中で実現を願っている、性と生殖に関する健康と権利(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ、SRHR)が初めて国際的な合意事項として認められたのがICPDだったのです。詳しくは以下の記事をご覧ください。
「世界のセクシュアル・リプロダクティブヘルス/ライツをめざす道のり 1968-2021 ④1994年 国際人口開発会議(ICPD)」
30年前から状況が変化した世界の人口
日本政府とブルガリア政府の支援を受け、UNFPA主催で開催されたこのダイアログの主要テーマは、「人口構造の多様性と持続可能な開発」でした。
30年前のカイロ会議はシフトチェンジの契機でした。それ以前の、人口増加が開発の遅れや貧困の原因であるという「数」の問題だという考え方から、個人の「人権と健康」の視点から人口と開発を考えるようになったのです。30年後の今、人口増加と高い出生率が開発の妨げとなっている国は大きく減少し、人口減少と少子化を懸念する国が増えてきました。
2022年の時点で世界の人口の66%以上の人が、合計特殊出生率(TFR)が女性1人当たり2.1人以下の国に住んでいます。TFR2.1人は、現在の人口を維持するために必要な出生率です。例えば日本では、2022年のTFRが1.26人(*1)。1975年に初めて2.0人を下回って以降(*2)、減少の一途をたどっています。2050年には、日本の人口は1億400万人あまりに減少するとされています(*3)。同時に医療の発展により長寿化が進み、高齢者の人口割合が増えています。
低出生率が継続する国において懸念事項となるのが、労働人口の低下とそれによる経済成長の鈍化、長期化する高齢者ケアと年金制度への影響です。まさに日本が直面している問題とも重なります。
一方でサブサハラ・アフリカと南アジアには、人口増加と出生率が高い国があります。
これらの国々は急速な成長を続けており、今後数十年の間に出生率をコントロールし、若者の人口が増加し、質の高い教育、保健、雇用が保証されれば、戦後復興期の日本がそうであったように、「人口ボーナス」の恩恵を得ることができます。
このように世界は今、人類の歴史の中で初めて、人口が増加する国、人口減少に悩む国と、多様な人口動態を経験しています。さらに、世界各地で起きる紛争などの人道危機や気候変動の影響による大規模な人口移動、難民・国内避難民の発生、より良い生活を求めた移民、都市部への人口集中などの課題にも直面しています。
多様な人口動態のなかでもSRHRを優先すること
人口構造が多様化するなかでも、忘れてはいけないのが、「カイロ行動計画」で約束されたリプロダクティブ・ライツです。子どもを、いつ、何人持つか、持たないかは個人、そしてカップルが決めることができる重要な権利であるということです。
ダイアログには世界中から、国会議員や、政策立案者、人口統計学の専門家、国連など国際機関のスタッフ、市民社会団体が参加し、意見を交わしました。
その中でとりわけ記憶に残ったのが、「各国が人口動態の変化から生じる課題を予測し、対処するとともに、ICPDの原則に沿って、権利に基づき、ジェンダーに配慮し、人間を中心とした人口・開発政策の実施を検討することが重要」という発言です。
「人口動態の変化は恐れるべきものではない。問題は、どのように適応し、変化にうまく対処するかである。」という発言に、人口が減少し長寿化が進む日本の未来を考えるヒントがあるのではないかと思いました。
問題は「少子化」ではない。個人やカップルが、自分(たち)が生きる時代と環境、そして自らの人生設計を考えた時に、かつてのようにたくさんの子どもを産まない「選択」をしていることを受け入れたうえで、どのように社会を人口減少・長寿化に合わせて再構築していくかを考えることが最重要なのではないでしょうか。一人ひとりのSRHRに介入して、出生数を無理やり上げることが答えではなく、社会がその形を合わせていく必要があるはずです。
ナタリア・カネム氏「SRHRの未来を形成するのは科学的根拠と人権に基づく意思決定」
国連人口基金(UNFPA)の事務局長ナタリア・カネム氏の冒頭あいさつがとても素晴らしかったので、一部ご紹介します。
「紛争などの人道的な理由による大規模な人口移動、気候変動、移民、不寛容の高まり、IT技術の進化によって急増する誤情報や偽情報と闘う世界において、SRHRの未来を形成するのは、科学的根拠と人権に基づく意思決定です。
生殖可能な時期が、仕事における生産性の高い時期と重なることを知っていれば、女性やカップルは、自分の人生やキャリアにとって何が重要かという視点で、生殖に関する決断を下すことができます。必要なサポートを受けながら、生まれてきた子どもをどう育てるか。子どもを産むタイミングと、自分の人生の生き方を計画することができます。
世界中の多くの国々で、出生率の動向はトップニュースとなっています。
人口が減少しても、あるいは増加しても悲観的予測に踊らされることは、女性のリプロダクティブ・ライツを損なうリスクを招きます。
制限的な子ども政策、避妊アクセスの禁止や制限、女性がキャリアを持つことを批判されたり、母性と国のために子どもを産むよう促されるなど、このような少子化対策は何度も失敗してきました。出産を奨励するインセンティブは機能しないのです。女性が何を望んでいるのかを聞くことが必要です。
調査によれば、家庭や仕事における男女不平等など社会の構造的な不平等が、自発的な出産減少の一因となっていることがわかっています。女性たちは、この二重の負担とサポートの欠如のために、反対票を投じているのです。」
カネム氏の挨拶全文(英語)は以下よりご覧いただけます。
日本が問題を解決できる国となれるように
会場では顔なじみの仲間たちー東南アジアでSRHR推進の活動をしている市民社会団体にも会いました。彼らから聞かれた質問があります。
「世界に先駆けて人口減少・長寿化が進む日本は、これからどうやって解決していくの?」
前述のとおり、日本では50年近く前からTFRが2.1を切り、人口減少することがわかっていました。さまざまな「少子化対策」がありましたが、残念ながら効果は出ていません。カネムさんの言葉にあった通り、女性たちの声を社会がきちんと聴こうとしていないからではないでしょうか?
日本には数多くのSRHRの課題が残っています。明治時代にできた刑法堕胎罪が残り、安全な中絶や近代的な避妊薬(具)へのアクセスも制限があります。科学的で年齢に応じた性教育が学校教育の中で実施されず、多くの人は自分のSRHケアの知識を得ないまま、大人になっているのです。結果として意図しない妊娠が若者のみならず30代、40代の間でも起きています。育児、介護を含む毎日の家庭内ケア労働も、女性が男性の5倍担っており、この割合は共働き家庭においても変わりません(*4)。
そんなことを彼らに説明しながら、これらの課題を解決することが現代の日本のライフスタイルに見合った社会を構築する鍵なのではないかと答えました。
世界の人々は、日本を「解決できる国」として見ているようです。これは第二次世界大戦後の荒廃から、いち早く復興を実現した実績からのイメージがあるからのように思います。SRHRを推進しジェンダー平等を達成することで、日本が問題を解決できる国となってくれることを望みます。
*1 https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=106340
*2 https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/097626be-6f2b-41d6-9cc0-71bf9f7d62d5/ff6022b5/20230401_resources_research_other_shakai-keizai_04.pdf
*3 https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20231231a.html
*4 https://www.stat.go.jp/info/today/pdf/190.pdf
- Author
草野洋美
シニア・アドボカシー・オフィサー。日本のSRHRとジェンダー平等の状況を改善するために、国連人権理事会のメカニズムを活用したアドボカシーに取り組んでいる。 G7の公式エンゲージメントグループであるW7の実行委員兼アドバイザー。 また、若者を中心としたアドボカシーグループ「SRHR ユースアライアンス」の事務局を務め、政策提言を通じて日本のSRHRを取り巻く問題の改善と認知向上を目指している。 2019年にジョイセフに入職する以前は、企業のCSR活動の一環として、2011年の東日本大震災の被災者に対する心理社会的支援プロジェクトを5年間統括した。