自分の身体のことを、適切な知識と最適な医療ケアへのアクセスがある状態で、自分で決める。性と生殖に関する健康と権利(SRHR)の根幹にある考え、身体の自己決定権(Bodily Autonomy)を表現した、いたってシンプルなフレーズです。
誰からも支配、搾取、そして抑圧されずに、私たち一人ひとりが自分らしく人生を選び生きていくための言葉。
いつ、だれと、子どもを持つのか、あるいは持たなくたっていい。誰もあなたに強制することはできない。
でも、持つとするならばどれくらいの間隔をあけて、何人持つのか。自分で決めていい。
誰を好きになり、性的なパートナーとするのか。家族となるのか。あるいはひとりでいたっていい。自分の心のままに、決めていい。
自分らしく、自分の性と身体を生きていくこと。
それがMy Body, My Choiceです。
米国で共和党候補のドナルド・トランプ氏が第47代大統領に再選された後、「Your Body, My Choice」とMy Body, My Choiceを揶揄し正反対の意味に書き換えた言葉がオンライン上で出回っています。身体の自己決定権、とりわけ妊娠する身体を持つ人のMy Body, My Choiceを否定し、「決めるのは男性である」として身体の自己決定権を侵害しようとしているのです。
背景には今回の大統領選で争点とされた中絶の権利が、トランプ氏の再選によりさらに後退すると懸念されていることがあります。トランプ氏が在任中に選んだ保守派の最高裁判事が、米国の憲法で中絶の権利を認めていた「ロー対ウェイド」連邦最高裁判決を2022年に覆し、州によっては中絶医療へのアクセスが難しくなったことも人びとの不安を強めています。
また本選挙期間中トランプ陣営は、トランスジェンダーの人びとをはじめとしたLGBTQ+の人びとへの差別的な言説を繰り返し、反LGBTQ+政策の検討にも言及しています。
さらにカマラ・ハリス現副大統領が選挙に敗れた形になったことで、女性は永遠に米国大統領になることはない、とさげすむ言葉が「Your Body, My Choice」の後につづられています。
ジェンダー平等達成が遅々として進まない日本もまた、女性や性的マイノリティへの差別に無頓着で、また寛容な素地があります。これは無くすべき、悪習慣です。
女性たちが勝ち取ってきた権利
身体の自己決定権は、50年以上も前からすでに国際社会で人々の権利と認められています。
1968年にテヘランで開催された第1回世界人権会議で、「親の権利」として子どもの数と出産間隔を自ら決めることは基本的人権であると宣言。
1960年代の女性運動の盛り上がりに後押しされる形で始まった、1975年からの国連女性の10年を経て、1985年にナイロビで開催された第3回世界女性会議でリプロダクティブ・ライツの概念が世界に拡大。
1979年に成立した女性差別撤廃条約ではその前文で、「生殖における女性の役割が差別の根拠となるべきではない」と謳い、さらに第16条で子どもの数と出産間隔を自ら決める権利と、それにあたって必要な情報、教育、医療ケアを享受する権利を認めています。
1994年カイロで開催された国際人口開発会議(ICPD)ではさらに、リプロダクティブ・ヘルス「人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力を持ち、子どもを産むか産まないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由を持つこと。」の概念が提唱。また、それ以前の「親」から権利の主体が「すべてのカップルと個人」とされたことも、重要な点です。
そして1995年北京の第4回世界女性会議で「女性の人権には、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスを含め、強制、差別、暴力を受けることなく、自らのセクシュアリティに関する事柄を管理し、それらを自由にかつ責任をもって決定する権利が含まれる」ことが明記されました。
少子化問題?とMy Body, My Choice
日本では少子化が問題として議論されています。
出生率の低下と長寿化による、労働人口の低下とそれによる経済成長の鈍化、長期化する高齢者ケアと年金制度への影響が課題とされています。しかしそれは、多くの女性がより高い教育を受けたり、それに伴ってキャリアを形成できるようになったり、結婚のタイミングを遅らせたり、あるいは結婚せずに一人で生きていけるようになったことが原因でしょうか?
女性が以前より教育や就業の機会にアクセスしやすくなり、自分らしく生きられるようになってきたなど(まだまだ様々な差別や格差がたくさん残っていますが)、世の中は変化し続けているのに、家父長的な考え方に基づく旧来の社会の仕組みを変えてこなかったからではないでしょうか。
出生率の低下は日本だけではなく、世界的な現象です。個人やカップルが、自分(たち)が生きる時代と環境、そして自らの人生設計を考えた時に、かつてのようにたくさんの子どもを産まない「選択」をしています。
政府がすべきことは社会を人口減少・長寿化に合わせて、いかに人々がより生活しやすく再構築していくかを考えることのはずです。女性の権利を奪い、身体の自己決定権を侵害して、妊娠・出産を強要し、出生数を無理やり上げることではありません。
人々がより生活しやすい社会をつくり、日本の将来に希望を持つために絶対に必要なことのひとつは、日本のSRHR課題の解決です。
女性差別撤廃委員会からの勧告
2024年10月、ジョイセフアドボカシーグループはジュネーブの国連欧州本部で開催された、女性差別撤廃委員会(CEDAW)の日本審査に参加しました。私たちが国連で女性の権利の専門家である委員に対してロビイング活動を行った結果、SRHRに関する以下の勧告が発出されました。
- 117年前の明治時代にできた刑法堕胎罪の撤廃
- 妊娠する身体を持つ人の身体の自己決定権を阻む、母体保護法に基づく中絶および自主的な不妊手術への配偶者同意の強制の撤廃
- 身体侵襲性の少ない、中絶を必要とする人の身体をいたわる、国際標準の中絶医療とケアへのアクセス改善
- 国際標準の近代的避妊法及び緊急避妊薬へのアクセス改善
- トランスジェンダーの人たちの身体を不要に侵襲する、性別変更時の手術要件の撤廃
- 同性どうしの婚姻の法制化
- 包括的性教育の公教育への取り込み
すべての人々のSRHRが守られるよう、早急な法整備が求められています。
トランプ氏の大統領就任によって、今後、女性や性的マイノリティの身体の自己決定権、SRHR推進、ジェンダー平等推進、そしてLGBTQ+の権利へのバックラッシュが強まるでしょう。
ジョイセフは私たちと同じ目標を持つ国内外の市民社会、SRHRやジェンダーの専門家、政策立案者、学術界、企業と連携し、すべての人のSRHRの実現と、ジェンダー平等推進を目指します。権利を侵害するような言説に対しては、断固としてNOの声を上げていきます。
みなさんもぜひ、一緒に声を上げてください。
- Author
草野洋美
シニア・アドボカシー・オフィサー。日本のSRHRとジェンダー平等の状況を改善するために、国連人権理事会のメカニズムを活用したアドボカシーに取り組んでいる。 G7の公式エンゲージメントグループであるW7の実行委員兼アドバイザー。 また、若者を中心としたアドボカシーグループ「SRHR ユースアライアンス」の事務局を務め、政策提言を通じて日本のSRHRを取り巻く問題の改善と認知向上を目指している。 2019年にジョイセフに入職する以前は、企業のCSR活動の一環として、2011年の東日本大震災の被災者に対する心理社会的支援プロジェクトを5年間統括した。