連合総研 DIO9月号(9月1日発行)に掲載された記事に、加筆したものです。
はじめに ― SRHRの「世界史」をたどる
この数年、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR: 性と生殖に関する健康と権利)という言葉が、日本のメディアでも良く取り上げられるようになりました。日本におけるSRHRの課題や、SRHRと切り離すことができない深刻なジェンダー格差について報道され、若い世代が改善を求めて声を上げるようになっています。
SRHRはすべての人にとっての健康と権利です[1]が、多くの場合、「女性の自己決定権を尊重し、生涯にわたる性と生殖に関する権利を保障する」という、女性の基本的人権として説明されています。また、SRHRは生殖可能な時期だけでなく、思春期や更年期、老年期を含む、ライフサイクルを通して幅広く性と生殖の健康を保障する概念で、その内容は多岐にわたります。2018年に、米国のグットマッハー研究所と英国の医学誌ランセットによる委員会が、次のようにわかりやすい説明を発表しました[2]。
- 自分の身体は自分のものであり、プライバシーや個人の自主性が尊重されること
- 自分の性的指向、ジェンダー自認、性表現を含めたセクシュアリティについて自由に定義できること
- 性的な行動をとるかとらないか、とるなら、その時期を自分で決められること
- 自由に性のパートナーを選べること
- 性体験が安全で楽しめるものであること
- いつ、誰と、結婚するか、それとも結婚しないかを選べること
- 子どもを持つかどうか、持つとしたらいつ、どのように、何人の子どもを持つか を選べること
- 上記に関して必要な情報、資源、サービ ス、支援を生涯にわたって得られ、これらに関していついかなる時も差別、強制、搾取、暴力を受けないこと
この概念が国際的な舞台で広く提唱され、その後の人口、開発、国際保健分野への取り組みに大きな変化をもたらした転換点が、1994年にエジプト、カイロで開催された国連主催の国際人口開発会議(ICPD:International Conference on Population and Development、一般にカイロ会議とも呼ばれる)でした。
ICPDの成果文書である「行動計画(PoA: Programme of Action)」において、リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(RHR)が、初めて明文化されました。しかし、多様な価値観、文化、宗教、政治体制の国々が集まる国際社会の複雑さを反映し、セクシュアル・ライツという言葉は使われませんでした。
また、会議は、欧米を中心とする国々と、バチカン、一部のカトリック諸国及び一部のイスラム諸国の間で、特に人工妊娠中絶を巡って紛糾しました。妥協案として、「中絶は家族計画の一手段として推進しない」、「すべての政府は、家族計画サービスの拡大と改善を通じ、妊娠中絶への依存を軽減するように求められる」という内容が盛り込まれました。女性、思春期の女性、女児を差別するすべての慣行、あらゆる形態の搾取、虐待、暴力、児童婚や女性性器切除(FGM)などの有害な慣習を排除するための措置を講じることや、若者の性と健康の重要性も言及されています。こうして、23カ国からの留保条件付きではありましたが、「行動計画」は最終的に全会一致で採択されたのです[3]。
翌年1995年に北京で開催された第4回世界女性会議では、その行動綱領に、「女性の人権には、強制、差別、及び暴力のない性に関する健康ならびにリプロダクティブ・ヘルスを含む自らのセクシュアリティに関する事柄を管理し、それらについて自由かつ責任ある決定を行う権利が含まれる」と明記されました[4]。また、中絶に関しては、各国政府に対して、非合法な中絶を行った女性に対して、処罰を課す法律を見直すよう求めており[5]、ICPDからより踏み込んだ内容となりました。
次回は、SRHR推進に向けて歴史の転換点となった、カイロでの国際人口開発会議(ICPD)開催までの歴史を紐解いていきます。
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全6回 世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR
[1] SRHRの定義については、囲み参照。[2] 斎藤文栄・福嶋雅子『「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の新定義」のポイント』季刊セクシュアリティ107号、2022年7月、pp. 8 – 17, エイデル研究所[3] 現在では、国連、国際機関、国際NGO等の文書にセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツと表記されることも多く、日本でも、内閣府、外務省、メディアで使われている。[4] 第4回世界女性会議 行動綱領(総理府仮訳)第Ⅳ章 戦略目標及び行動 C 女性と健康 戦略目標C,1、96 https://www.gender.go.jp/international/int_norm/int_4th_kodo/chapter4-C.html[5] 同上、106(k)
用語・注釈
- リプロダクティブ・ヘルス (カイロ会議「行動計画」7.2より)
- リプロダクティブ・ヘルスとは、人間の生殖システム、その機能と(活動)過程のすべての側面において、単に疾病、障がいがないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることを指す。したがって、リプロダクティブ・ヘルスは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力をもち、子どもを産むか産まないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由をもつことを意味する。
- リプロダクティブ・ライツ (カイロ会議「行動計画」7.3より)
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すべてのカップルと個人が、自分たちの子どもの数、出産間隔、出産する時期を自由に責任をもって決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという権利。また、差別、強制、暴力を受けることなく、生殖に関する決定を行える権利。さらに、それを可能にする情報と手段を得て、その方法を利用することができる権利。女性が安全に妊娠・出産でき、また、カップルが健康な子どもをもてる最善の機会を得られるよう適切なヘルスケア・サービスを利用できる権利が含まれる。
以下は、公益財団法人ジョイセフがわかりやすい説明を試みたもの
ジョイセフWEBサイト 説明ページへ
- セクシュアル・ヘルス
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自分の「性」に関することについて、心身ともに満たされて幸せを感じられ、またその状態を社会的にも認められていること。
- リプロダクティブ・ヘルス
- 妊娠したい人、妊娠したくない人、産む・産まないに興味も関心もない人、アセクシュアルな人(無性愛、非性愛の人)問わず、心身ともに満たされ健康にいられること。
- セクシュアル・ライツ
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セクシュアリティ「性」を、自分で決められる権利のこと。
自分の愛する人、自分のプライバシー、自分の性的な快楽、自分の性のあり方(男か女かそのどちらでもないか)を自分で決められる権利。
- リプロダクティブ ・ライツ
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産むか産まないか、いつ・何人子どもを持つかを自分で決める権利。
妊娠、出産、中絶について十分な情報を得られ、「生殖」に関するすべてのことを自分で決められる権利(自己決定権)。
- Author
勝部 まゆみ
UNDPのJPOとして赴任したガンビア共和国で日本の国際協力NGOジョイセフの存在を知り、任期終了後に入職。日本赤十字でエチオピア北部のウォロ州に赴任するために一旦ジョイセフを退職、3年後に帰国・復職。ジョイセフでは、ベトナム、ニカラグア、 ガーナ、タンザニアなどでリプロダクティブ・ヘルスプロジェクトに携わってきた。2015年から事務局長、2017年6月から業務執行理事を兼任し、2023年6月に代表理事・理事長。