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【第2回】世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR

2022.9.28

連合総研 DIO9月号(9月1日発行)に掲載された記事に、加筆したものです。

セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツへの道のり ①

1994年にエジプト、カイロで開催された国連主催の国際人口開発会議(ICPD、一般にカイロ会議とも呼ばれる)で提唱された「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(RHR)」という概念が示された背景と、国際社会がICPD開催に至る経緯は、どのようなものだったのでしょうか。

(1) 人口爆発の脅威

人口は国力を表す指標のひとつと考えられています。そのため、出生数を抑制することは、国家にとって選択し難いことであり、避妊や中絶によって子どもの数をコントロールすることは、社会的にも容易に受け入れられないことでした。従って、意図的に出生を制限することは、社会的タブーへの挑戦でした[6]

しかし、18世紀末に登場した「貧困の原因は高出生率である」という考え方が、19世紀に広まっていき、人口増加によって引き起こされる食糧不足への警鐘がならされるようになります[7]。一方で、中国や日本の台頭を警戒していた当時の欧米の社会では、人口増強は必要であると考えられており、出生率の低下を警戒していました[8]。また、当時の欧米社会は性に対しては保守的であり、避妊は悪徳とみなされていました。米国でも、19世紀後半から20世紀前半まで、性、避妊、中絶に関する情報を広報することを禁じる法律があり[9]、避妊(バース・コントロール)は危険思想だと考えられていたのです。

しかし、世界人口は、人類の歴史上かつてない速度で爆発的に増加し続けました。国際連合の人口推計によると、1950年には約25億人だった世界人口は、1960年には30億人、1975年には40億人に達しました。主として開発途上国で起きていたこの急激な人口増加が、社会・経済の発展や食糧、資源、環境に深刻な影響を与えるという危機感から、次第に人口問題の解決が国際社会の重要課題として認識されるようになりました。
1960年代には、国連や先進諸国、国際NGOからの開発途上国に対する家族計画プログラムへの援助が強化されていきました。米国の共和党を中心とする保守勢力も、人口と家族計画分野への優先度を高め、世界人口の急増に対処するための開発援助に積極的になっていったのです[10]。そして、1960年代半ばから1970年代にかけて、USAID(米国国際開発庁)を通した家族計画の国際支援に乗り出し、米国は人口分野における世界最大の援助国となっていきました。

こうして、多くの開発途上国が、出生率を下げて人口増加を抑制するための家族計画プログラムに力を入れていくことになりました。しかし、こうした人口増加抑制政策は、女性を「出生数」をコントロールする対象として見なし、家族計画が女性を管理する手段となってしまいました。導入されたプログラムには、成果を急ぐあまり、貧困層に対して十分な説明もなく金銭的あるいは物質的なインセンティブを与えて、強制的・半強制的避妊や不妊手術、中絶を行うなど[11]、女性のニーズはおろか、人権や尊厳を無視した行き過ぎたものも少なくなかったのです。

こうした中で、国際社会の強制的なアプローチに反対する動きも生まれました。1952年に設立された国際家族計画連盟(IPPF)は、個人の自由な意思を尊重した家族計画を推進することを目的としていました。また、1968年に日本で初めて、家族計画の国際協力を行う団体として財団法人家族計画国際協力財団(現在の公益財団法人ジョイセフ)を創立した國井長次郎も、「家族計画は人口を減らすためではなく、人々の幸せと健康のためのものである」という理念のもとで「人間的家族計画」を提唱し、開発途上国への支援を開始しました。

次回は、人口増加が開発の遅れや貧困の原因、すなわち「数」の問題だという考え方が過去のものとなり、「個人の人権と健康」の視点から人口と開発を考えるICPDや北京会議への道筋が徐々につくられていった経緯を紹介します。
 
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[6] 阿藤誠、『現代人口学‐少子高齢化社会の基礎知識』、日本評論社、2000年、pp.61-62[7] マルサスは『人口論』(1798)で、イギリスの労働者の貧困の根本原因が高出生率によるものと論じた。[8] 荻野美穂『家族計画への道』岩波書店, 2008、p.30[9] コムストック法(1873-1936)。性や避妊・堕胎に関する情報を「猥褻」と見なしてその伝達や郵送を禁じた法律。荻野美穂, ibid. p.29[10] Craig Lasher, “Once Upon a Time: The History of Republican Support for International Family Planning and Contraception”, PAI, Washington Memo, June 17, July 12, July 22, 2022, https://pai.org/resources/once-upon-a-time/ (2022年7月29日検索)[11] Lucia Berro Pizzarossa, “Here to Stay: The Evolution of Sexual and Reproductive Health and Rights in International Human Rights law”, Department of Transboundary Legal Studies, University of Groningen, 9712EA Groningen, The Netherlands, p3
 


 

用語・注釈
リプロダクティブ・ヘルス (カイロ会議「行動計画」7.2より)
リプロダクティブ・ヘルスとは、人間の生殖システム、その機能と(活動)過程のすべての側面において、単に疾病、障がいがないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることを指す。したがって、リプロダクティブ・ヘルスは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力をもち、子どもを産むか産まないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由をもつことを意味する。
リプロダクティブ・ライツ (カイロ会議「行動計画」7.3より)
すべてのカップルと個人が、自分たちの子どもの数、出産間隔、出産する時期を自由に責任をもって決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという権利。また、差別、強制、暴力を受けることなく、生殖に関する決定を行える権利。さらに、それを可能にする情報と手段を得て、その方法を利用することができる権利。女性が安全に妊娠・出産でき、また、カップルが健康な子どもをもてる最善の機会を得られるよう適切なヘルスケア・サービスを利用できる権利が含まれる。 
以下は、公益財団法人ジョイセフがわかりやすい説明を試みたもの
ジョイセフWEBサイト 説明ページへ
セクシュアル・ヘルス
自分の「性」に関することについて、心身ともに満たされて幸せを感じられ、またその状態を社会的にも認められていること。

リプロダクティブ・ヘルス
妊娠したい人、妊娠したくない人、産む・産まないに興味も関心もない人、アセクシュアルな人(無性愛、非性愛の人)問わず、心身ともに満たされ健康にいられること。
セクシュアル・ライツ
セクシュアリティ「性」を、自分で決められる権利のこと。
自分の愛する人、自分のプライバシー、自分の性的な快楽、自分の性のあり方(男か女かそのどちらでもないか)を自分で決められる権利。
リプロダクティブ ・ライツ
産むか産まないか、いつ・何人子どもを持つかを自分で決める権利。
妊娠、出産、中絶について十分な情報を得られ、「生殖」に関するすべてのことを自分で決められる権利(自己決定権)。
Author

勝部 まゆみ
UNDPのJPOとして赴任したガンビア共和国で日本の国際協力NGOジョイセフの存在を知り、任期終了後に入職。日本赤十字でエチオピア北部のウォロ州に赴任するために一旦ジョイセフを退職、3年後に帰国・復職。ジョイセフでは、ベトナム、ニカラグア、 ガーナ、タンザニアなどでリプロダクティブ・ヘルスプロジェクトに携わってきた。2015年から事務局長、2017年6月から業務執行理事を兼任し、2023年6月に代表理事・理事長。