赤く乾いた大地に砂塵の舞う西アフリカのガーナ。男女の格差が大きく、今なお多くの女性が早婚や性的搾取、立て続けの妊娠に医療従事者の介助なしの自宅出産など、過酷な現実に苦しんでいます。
ジョイセフはこの状況の改善を目指し、現地コミュニティでの「人づくり」を中心に、さまざまな活動に取り組んできました。
たとえば妊娠や出産の正しい知識を広め、女性を保健施設へつなぐ地域保健ボランティア「母子保健推進員」を養成。10代の妊娠が多い地域では、同世代の仲間に避妊や性感染症について伝える「若者ピア・エデュケーター」の研修も行います。保健施設でより良いサービスが提供できるよう、医療機器や避妊具・避妊薬の提供、助産師をはじめ保健スタッフの技能研修も実施してきました。
今回紹介するジョイセフの「チームメート」は、私たちの活動地域で保健局長を務めるフレドリック・オフォスさんです。公衆衛生の専門家として現地の保健行政をリードし、数多くのプロジェクトでジョイセフと協力しながら、住民の健康づくりを力強く進めてきました。
ジョイセフ 開発協力グループ 榎本彰子
ガーナ到着早々、目を見張った朝の出来事
ガーナに来て間もない土曜の朝のこと。地面に響く大勢の足音と掛け声で目が覚め、何事かと跳ね起きました。外を見ると人々が集団となり、土ぼこりを上げて走っています。聞けば地域の習慣になっている健康づくりのウォーキング(かなり速足!)なのだそうです。この運動を住民の健康のために取り入れたのが、現地コウ・イースト郡で保健局長を務めていたフレドリック・オフォスさんです。
コウ・イースト郡ヴォルタ川地区
2017 年から3年間、私はガーナに駐在しました。JICAとの連携による草の根技術協力事業「地域と保健施設をつなぐ母子継続ケア強化プロジェクト」に取り組むためです。それまで中東で難民支援をしていましたが、今回は初めての女性支援、しかも慣れないアフリカの地。どんな人たちとどうやって仕事をしていくのか、とても不安でした。
ガーナ到着の日、空港に降り立った私は、その足でプロジェクトの協力先であるガーナ国家保健サービス(GHS)コウ・イースト郡保健局へ向かいました。休日にもかかわらず、局長のオフォスさんは事務所で待っていて、大歓迎してくれました。緊張していた私ですが、オフォスさんの優しい笑顔を見た途端、スーッと肩の力が抜けたのを覚えています。
オフォスさんは誰に対しても親切で、たいへん人気がありました。住民の声に耳を傾け、一人ひとりの気持ちを大事にしながら、より良い保健行政のために力を注いでいます。そんな彼が周りに影響を与えないはずがありません。
ウォーキングはその一例です。運動が健康のために良いと知り、関心を持ったオフォスさんは、自ら率先して週末の朝に歩き始めたのだと言います。保健スタッフや関係者にも声をかけ、仲間を増やしていくうちに、いつしか地域の人々も加わるようになったということでした。みんなを自然と良い方向へ導いていく、人徳があるとしか言いようのないリーダーシップの持ち主なのです。
マラリアに苦しみ、予防医療の大切さを知った
子どもの頃、2カ月に1度はマラリアにかかっていたというオフォスさん。高熱を出すたび両親が心配し、保健施設まで7キロの道のりを連れて行ってくれたそうです。
「あの頃、病気を防ごうとする人はほとんどおらず、具合が悪くなってから治療するのが普通でした。しかし私は何度もマラリアに苦しんで、これ以上つらい思いをしたくない、予防こそ大事にしたいと考えるようになりました」
『予防は治療に勝る』という古い格言があるそうです。彼はこの言葉を心に刻み、予防医療の考え方を広めていくことを目指して、公衆衛生の仕事に就くことを決めました。
山がちなこの地にコウ・イースト郡という新しい行政区画が設置され、保健局長としてオフォスさんがやってきたのは2008年のこと。病気の予防につながる新しい知識や方法を積極的に取り入れ、人々の健康への意識を高めてきました。
ジョイセフとは2012 年、リプロダクティブ・ヘルス(RH)サービスの拠点となる「コトソRHセンター」の設立に協力して以来、信頼関係で結ばれるようになりました。同センターでは日本の経験と技術を取り入れて、産前産後の健診や医療従事者が立ち会う出産、家族計画サービス、一般外来などを行っています。センターの開業で現地の保健環境は大きく前進しました。
評判が広まり、利用者が増えてくると、今度はスタッフ不足という問題が出てきました。オフォスさんはセンターの人員を増やすため、郡議会へ粘り強く働きかけを続けたそうです。努力の甲斐あって、人材不足は少しずつ改善していきました。
「今ではRHセンターに加え、4つの保健施設で医療サービスを提供しています。これで多くの人の命と健康が守られるようになりました」とオフォスさんは胸を張ります。
一緒に外出する時の昼食は、オフォスさんの好きな「プランテーン」が定番
コウ・イースト郡は交通の便が悪く、危険と隣り合わせの自宅出産が多い地域でした。性と健康に関する知識もないまま、10代の若さで妊娠出産を繰り返し、合併症から命を落とす女性も少なくなかったのです。
私が取り組んだのは、そのような状況を変えていくためのプロジェクトです。妊産婦に健康を守るための情報を提供し、必要に応じて保健施設へつなぐ、「母子保健推進員」というボランティアの養成に携わりました。
オフォスさんは地域の人々から信頼されているので、彼を通じて現地でのコミュニケーションは順調に進みました。一緒にいろいろな場所を訪ねて回りましたが、そんな時の定番ランチといえば、道端で焼いて売っているプランテーン(甘くない料理用バナナ)。まるで日本の焼きいものように2人で頬張りながら、村から村へと移動しました。
ちなみにオフォスさんの一番の好物は「フフ」という郷土料理でした。キャッサバとプランテーンを臼と杵でつき、こねて丸めたお餅のようなご馳走で、トマトベースの煮込みスープと合わせて食べます。
「誰ひとり、妊娠や出産で死んではいけない」という信念。同じ願いを持つジョイセフとの協力が支えになる
途上国への支援では、日本人が中心になってプロジェクトを進め、現地の人々はあまり関わらないケースもあります。しかしオフォスさんは日本の支援に感謝しつつ、常にチームの先頭に立ち、当事者として積極的にプロジェクトに参加してきました。
日頃から住民一人ひとりに声をかけ、話を聞いているオフォスさん。地域のことをよく理解しているため、こちらから何か問い合わせたり質問をすると、すぐに返事が返ってきます。決断が早く、やると決まればすぐ実行するので、彼とチームを組んでいると物事がどんどん良い方向へ進むのです。
私のガーナ駐在中、オフォスさんは長年勤めたコウ・イースト郡からスフム郡に異動しました。新しい地域でも引き続きジョイセフと協力し、武田薬品工業株式会社の支援による「持続可能なコミュニティ主体の保健推進プログラム」というプロジェクトを進めています。ここでも母子保健推進員が家庭訪問やグループセッションで保健教育を行ったり、必要に応じて妊産婦を保健施設に紹介。正しいセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスの普及にも取り組んでいます。
スフム郡
温厚な人柄のオフォスさんですが、人々の健康を守るためには決して妥協しません。ある時、不幸にも出産で命を落とした女性がいました。ガーナでは珍しくないことです。しかしオフォスさんは「仕方ない」とは言いませんでした。「誰も妊娠や出産で死んではいけない。あってはならないことだ」と憤り、原因の究明に着手したのです。
彼は二度と同じようなことが起こらないよう、ひとつひとつ要因を洗い出し、対策を練りました。そのような努力を積み重ねていくことで、地域での妊産婦死亡は確実に少なくなりました。
「私にとってのモチベーションは、人々が予防医療の大切さを理解し、自ら進んで取り組むように働きかけていくことです。健康に役立つ知識や新しい方法を取り入れて、もっとみんなが幸せになれるようにしたい」とオフォスさん。支えになるのは、同じ目的を持ち、共に働く仲間の存在だと言います。
「ガーナ保健局のメンバー、施設のスタッフ、地域保健ボランティアの皆さん、そしてジョイセフとの力強いパートナーシップが励みとなり、私を動かす原動力になっています。こうしてみんなで力を合わせ、進んでいけることが本当にうれしいのです」
- Author
榎本彰子