低・中所得国における課題とSRHR

日本を含め、世界にはさまざまなSRHRの課題があります。特に低・中所得国に焦点を当てると、それらの課題は、主に2つの障壁に起因しています。一つ目は人々の知識・意識・行動、二つ目は医療・ケアへのアクセスの問題です。

原因1. 人々の知識・意識・行動

多くの人々がSRHRの正しい知識を十分に持っていないため、自分にとってベストな選択をすることも、
そのための行動をとることもできなくなっています。例えば、妊娠をしたくないカップルが避妊をしたくても、誰に相談したらいいのか、どこで避妊手段を入手できるのかわからなければ、避妊ができません。10代の若者や女性、性的マイノリティの人々は、差別や偏見を恐れ、相談さえも難しいことが多いです。つまり、一人ひとりが正しい知識を持つことに加え、社会が個人のSRHRを守る選択と行動をサポートすることが、低・中所得国のSRHR課題を解決するのに不可欠なのです。

原因2. 医療・ケアへのアクセス

多くの低・中所得国は、医療アクセスの課題を抱えています。医師、助産師、看護師などの医療従事者の数や知識・スキル、病院やクリニックといった医療施設、医療機器、医薬品や消耗品などが不足していたり、貧困により費用を支払えなかったりし、性感染症予防・治療、避妊、妊産婦ケア、安全な中絶ケア、ジェンダーに基づく暴力(GBV)の被害を受けた人のケア、不妊治療など、必要とする人々に届きづらい状況です。

これらの障壁によって、低・中所得国では次のようなSRHRの課題が多く見られます。

避妊へのアクセスの不足

低・中所得国では約2億1800万人の女性が避妊を望んでいるにもかかわらず、近代的な避妊法にアクセスできていません。これにより、意図しない妊娠が年間約1億1,100万件発生、これはすべての妊娠の約半数(49%)に上ります。(2019年)

多くの低・中所得国では、科学的に効果が証明されている近代的な避妊方法にアクセスできない女性が多くいます。これにより、意図しない妊娠が多発し、母子の健康にリスクをもたらしています。これは、医療・ケアへのアクセスの問題のほか、国や地域特有の社会文化的背景など、多層的な影響が関与しています。子どもの数は多ければ多いほど良いとされる社会は依然として沢山あります。また避妊を認めない信仰もあります。そのような社会では避妊を希望する人たちは非難されやすいです。世界保健機関(WHO)は、医学的見地から、前回の出産と次の妊娠の間は最低でも18カ月間、理想としては24カ月間空けるよう推奨しています。妊娠のインターバルが短いと、低出生体重、早産、新生児死亡、母体死亡のリスクが高くなるといわれています。身体が成長途上にある10代の妊娠・出産は、20~24歳の場合よりも母子の疾病・死亡リスクが非常に高くなります。また、10代の妊娠の半数以上は中絶に至っていますが、低・中所得国では多くの場合、安全な中絶を受けられず、多くの女の子の健康や命が失われています。さらに低・中所得国で10代で子どもを持った場合、多くの女の子は余儀なく中途退学させられ、貧困に陥ります。

避妊を希望する人々が避妊を実践できるようになることで、母子の健康以外にも次のような良いことに繋がります。

  • カップルが、経済的状況に合わせて家族計画でき、子どもの教育に投資する余裕が生まれます。
  • 10代の意図しない妊娠を減らし、より多くの女の子が長く教育を受けられるようになります。
  • 教育を受けた女性が労働市場に参加し、経済発展に寄与します。
  • 女性の経済参加を促進し、貧困を削減します。
  • 資源の持続可能な利用を促進し、人口増加による環境負荷を軽減します。
安全な中絶ケアの不足

安全でない人工妊娠中絶が一般的な地域では、中絶10万件あたりの女性の死亡件数は200以上です。低・中所得国では年間700万人の女性が、安全でない中絶によって健康を損ない、医療施設で治療を受けています。(2012年)

意図しない妊娠の約6割、全妊娠の約3割が、人工妊娠中絶に至ります。世界中で毎年約7,300万件の人工妊娠中絶が行われています。中絶は一般的な医療行為で、WHOが推奨する方法・手順に則って、必要な知識・技術を持った人が行えば、非常に安全です(死亡の可能性は10万分の1以下)。しかし、中絶の約45%は安全ではありません。安全でない中絶の半数以上はアジア、特に南アジアと中央アジアで起こっています。ラテンアメリカとアフリカでは、全中絶の大多数(約3/4)が安全でない中絶です。

多くの国で中絶が法的に制限されていること、中絶を希望する人やそれを介助する医療従事者に対する差別・偏見、個人の価値観や信仰に基づく医療従事者の中絶拒否、高額な費用、パートナーや親など第三者の承認が条件とされていることなどが、多くの女性が安全でない中絶に頼らざるを得ない主要な原因です。安全でない中絶は、妊産婦の死亡や身体的・精神的疾病に繋がります。医学的に正当化されない制限的な法律や要件によって、安全な中絶へのアクセスは妨げられ、女性の身体の自己決定権や尊厳、母子の健康が脅かされています。

妊産婦死亡の多さ

低・中所得国では、10万人の赤ちゃんが生まれるごとに、約234人のお母さんが妊娠や出産が原因で亡くなっています。これは日本よりも約60倍多い死亡数です。(2020年)

多くの低・中所得国では、妊娠や出産が原因で亡くなる女性が依然として非常に多く、持続可能な開発目標(SDGs)で設定された10万出生あたり70人未満という目標に到達していません。これは、設備の整った医療施設や、十分な知識・スキルを持った医療従事者が不足しているため、適切な妊産婦ケアや、分娩時の緊急事態に対応するための緊急産科ケアを利用できない妊産婦が多くいるためです。

HIV(エイズを引き起こすウイルス)やHPV(子宮頸がんの原因となるウイルス)などの性感染症の蔓延

サハラ以南アフリカでは15~49歳の全人口の3.8%がHIVに感染していると推計されています(世界全体では0.7%)。(2022年)

性感染症とは主に性的接触を通じて感染する病気です。世界中で毎日、100万人以上の15〜49歳の人々が、治癒可能な性感染症に感染しているといわれています。その大半は無症状でも、エイズを引き起こすウイルスであるHIVへの感染リスクを高めます。また、性感染症は、不妊やがん、胎児や新生児の病気などにつながるため、予防、早期発見、治療が重要です。

世界全体では、15〜49歳の女性の約25%が、トリコモナス症、梅毒、クラミジア、淋病のいずれかに罹患しており、HIV新規感染者の60%以上が女性です。特に若い女性が高いリスクにさらされています。HIVに感染している女性は、感染していない女性に比べ、子宮頸がんになる確率が6倍高くなります。

子宮頸がんの主な原因であるヒトパピローマウイルス(HPV)も性的接触により感染します。世界では推定3億人の女性がHPVに感染しているといわれています。子宮頸がんは、世界中の女性の間で4番目に多いがんであり、2022年には新たに約66万人が罹患し、約35万人が死亡しましたが、死亡の94%近くが低・中所得国で発生しました。子宮頸がんは、HPVワクチン接種、早期診断・治療により、予防、治癒が可能です。世界各国は、今後数十年で子宮頸がんを撲滅させるべく、2030年までに達成すべき次の3つから成る「90-70-90」の目標に合意しました。

  • ワクチン接種:15歳までに90%の女児にHPVワクチンを接種する
  • 検診:35歳までに70%の女性が検査を受け、45歳までに再検査を受ける
  • 治療:前がん病変を発症した女性の90%が治療を受け、浸潤がんを発症した女性の90%が治療を受ける

低・中所得国で性感染症が深刻な背景には、人々が性感染症に関する正しい知識を十分に持っていないこと、性感染症予防に有効なコンドームの使用率が低いこと、性感染症に関する社会的な偏見が、人々の情報や治療へのアクセスを阻んでいること、ワクチンや、検査・検診、治療に必要な資機材、診断や治療ができる医療従事者の不足、高額な治療費、医療施設へのアクセスの悪さ、などがあります。

包括的な性教育の欠如

アジア・太平洋地域の若者(15〜24歳)を対象とした調査では、学校で性教育がしっかり教えられていると答えたのは3人に1人以下でした。(2019年)

アジア太平洋地域の27カ国以上から1,400人以上の若者(15〜24歳)を対象に2019年に行われたオンライン調査では、学校でセクシュアリティについて「とてもよく教えてくれた」「ややよく教えてくれた」と考えている若者は3人に1人以下でした(28%)。障害のある若者や、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBTQ+)を自認する若者は、性教育の満足度がより低い状況です。

若者のSRHRの知識が不足していることで、意図しない妊娠、安全でない中絶、HIVを含む性感染症のリスクが高まります。女の子の早婚や若年妊娠が多い地域では、妊産婦死亡や疾患、新生児や乳児の死亡も多くみられます。
「包括的性教育」は、若者に成長過程に応じた正しい情報を提供し、健康で自分らしく生きるのに必要な知識やスキルを身につけるための教育プログラムです。若者が正しい情報に基づいて責任ある意思決定を行い、健康を保ち、健全な人間関係を築けるようになることを目的としています。次のようなトピックがカリキュラムには含まれます。

  • 家族と人間関係: 家族構成、友情、恋愛、パートナーシップの理解
  • 価値観と権利: 個人の権利の尊重、同意、プライバシー、身体の自律性の重要性
  • 性の健康: 解剖学、思春期、生理、妊娠の理解
  • 避妊と性感染症予防: 避妊方法の種類と使用方法、性感染症とその予防
  • ジェンダーと性の多様性: ジェンダー・アイデンティティ、性的指向の理解と受容
  • 暴力と安全: 性的暴力、虐待の予防と対応方法

国連教育科学文化機関(UNESCO)が包括的性教育のガイドラインを策定し、各国での導入を後押ししていますが、多くの国で導入が進んでいません。性に対する偏見やタブー、性教育が若者の性行為開始を早めるという根強い誤解、多くの教師が性教育を実施する自信がないと感じていること、などが背景にあります。しかしながら、こうした国々でも、多くの親、学校関係者、宗教指導者、メディア、若者自身が包括的性教育の導入を求めています。また、様々な調査・研究で、包括的性教育の導入により、性の多様性の理解、デートや親密なパートナーからの暴力の防止、健全な人間関係の構築、児童性虐待の防止、社会的・情緒的学習の向上、メディア・リテラシーの向上といった効果があることが証明されています。

ジェンダーに基づく暴力

世界では3人に1人以上の女性が、パートナーや家族から暴力を受けた経験があります。サハラ以南のアフリカでは、より多くの女性がパートナーから身体的および性的暴力を受けており、例えばウガンダでは60%の女性が身体的暴力を経験したことがあるといわれています。

ジェンダーに基づく暴力(GBV)は、性別に基づく暴力であり、身体的、性的、心理的な被害を引き起こす行為です。GBVは女性の健康に重大な影響を与え、心理的および身体的なトラウマを引き起こします。配偶者やパートナーからの暴力、レイプや性的虐待、恐怖、脅迫、心理的虐待、経済的な支配や搾取などが含まれます。背景にはジェンダー不平等に伴う家庭内や社会における権力の不均衡があります。多くの女性が、妻への暴力は場合によっては正当化されると感じている地域や国も数多く存在します。

GBVを減らすためには、人々のGBVに対する理解の醸成、性教育とジェンダー平等の推進による社会変容、GBVのデータ収集による実態の把握、GBVを定義し罰則を設けて被害者保護・支援を行うための法制度の整備と執行、被害者(サバイバー)支援のための医療、カウンセリング、法的サービスの提供と、それらサービス提供者間の円滑な連携といった包括的な対策が必要です。しかしながら、多くの国々で、GBVは国家戦略の優先事項に含まれておらず、予算配分も不十分で、どの対策も立ち後れているのが現状です。

SRHRはすべての人の健康の向上に加え、身体の自己決定権や情報・サービスへのアクセス、ジェンダー平等といった人権の保護、意図しない妊娠の回避による教育機会や経済活動への参加促進、ひいては貧困削減への貢献、GBVや差別の削減による社会的安定などにつながります。昨今では気候変動が女性や女の子のSRHRに与える影響も大きな課題となっています。災害(洪水、干ばつ、暴風など)により医療施設が破壊されたり、施設までのアクセスが困難になることで、妊産婦死亡率、若年妊娠などが増えます。また、災害時の栄養不足やストレスも、健康リスクを高めます。気候変動がもたらす経済的困窮や食糧不足により、生計を維持するために娘を早期に結婚させる家族が増えます。児童婚は、教育機会の喪失や健康リスクの増加を伴い、女性の将来の選択肢が減ってしまいます。避難所や仮設住宅での暮らしを強いられるなど、生活環境が不安定になり、経済的困窮やストレスが暴力を助長し、女性や女の子がGBVにさらされるリスクが高まります。

低・中所得国においてSRHRは様々な課題を抱えており、近年、より状況は深刻になっているにも関わらず、これらの国々におけるSRHRプログラムへの国際的な支援が不足しています。年間688億ドルの支援があると、こうした国々で意図しない妊娠、不安全な中絶、妊産婦死亡率が大幅に減少することが示されています。

 Sully, E. A., Biddlecom, A., Darroch, J. E., Riley, T., Ashford, L. S., Lince-Deroche, N., … & Murro, R. (2020). Adding it up: investing in sexual and reproductive health 2019.