選択的夫婦別姓とSRHR
その深い関連性について
SRHR(性と生殖に関する健康と権利)と選択的夫婦別姓の問題は、一見別々のことのように思えますが、実は深い関係があります。日本では、一つの制度の問題が別の制度の問題につながって、私たちの大切な権利が制限されてしまう仕組みができています。ここでは自分の姓名を変えずに夫婦になることを選び20年以上事実婚の形態を続けているジョイセフの小野が所感を綴ります。
制度がつながって起こる問題
日本では結婚するとき、夫婦別姓を選ぶことができません。そのため、結婚しても自分の姓を変えたくない人たちは、「事実婚」という形を選ぶしかありません。事実婚とは、婚姻届を出していない(または役所に出しても受理されなかった)けれど、夫婦として生活しているカップルのことです。内閣府の調査によると、事実婚の割合は成人人口の2~3%程度と推計されています。これは、20歳から59歳までの人口に当てはめると、約122万6000組に相当します(※日本経済新聞)。
法律婚と異なり、事実婚には認められないことの1つに、共同親権があります。事実婚では母親だけが親権者になります。
この制度のつながりが、「子どもを産むかどうかを自分で決める権利」に大きな影響を与えています。
どんな問題が起きているか
①子どもを産むかどうかの選択に影響
事実婚による親権の問題を心配して、子どもを持つことをあきらめるカップルがいます。これは「子どもを産むかどうかは自分で決める」という大切な権利が、制度のせいで制限されている状況です。
②自分らしい家族を作る自由が制限される
自分たちが望む家族の形(自分の姓名のまま、どちらも姓を変えずに夫婦になること)を選べないことで、結果的に子どもを持つかどうかの選択も制限されます。
事実婚では、父親は子を戸籍に入れることはできても、親権を持てない
事実婚カップルの子どもが父親の姓を名乗るには、まず父親による認知が必要です。父親が市区町村役場に認知届を提出し、母親の同意を得て手続きを行います。
認知が完了した後、子どもが父親の姓を名乗るためには、家庭裁判所で「子の氏の変更許可」を申し立てる必要があります。申立書と戸籍謄本等を提出し、許可を得た後、市区町村役場で入籍届を提出します。これにより子どもは父親の戸籍に入り、父親の姓を名乗ることができます。
ただし、子が父親の姓を名乗り、父親の戸籍に入っても、父親が親権を得ることができません。
一つの問題が別の問題を生み出す仕組み
これは単に制度に不備があるというだけでなく、「結婚の自由」→「子どもを産む権利」→「親権」という大切な権利が、お互いに制限し合う構造になっています。一つの制度の問題が連鎖的に他の権利にも影響を与えており、SRHRと夫婦別姓の問題が深くつながっています。

SRHR と選択的夫婦別姓 共通する考え方
両方の問題には「個人が自分で選択する自由」という共通の考え方があります。SRHRは性や産む・産まないに関することを自分で決める権利を大切にし、選択的夫婦別姓は結婚するときの選択権を求めています。どちらも、国や社会の決まりが個人の大切な選択に口出しすることへの問題提起です。
国際的にも「女性差別撤廃条約」などで、個人の尊厳と平等、選択の自由という基本的な人権として関連付けられています。
まとめると
SRHRと選択的夫婦別姓の問題は、単に関連しているだけでなく、制度的に一つの人権問題として考える必要があります。日本の現状は、複数の制度の問題が連鎖することで、個人の基本的な権利が複合的に侵害される深刻な構造を示しています。
この問題を解決するには、個別の制度を直すだけでなく、人権を守る仕組み全体を見直すことが必要です。
ジョイセフは、いま、日本におけるSRHRの認知普及と理解促進に力を入れています。特に、包括的性教育を義務教育に入れることを目指して、様々な団体と連帯して活動しています。包括的性教育は、性と生殖に関する正しい知識だけでなく、「自分の人生を自分で決める権利」や「多様な家族の形」について学ぶ教育でもあります。つまり、結婚や出産をするかしないかも含め、家族の形について自分で選択できる社会を作るための土台となる教育なのです。
選択的夫婦別姓を選択する権利も、子どもを産むかどうか、いつ産むか何人産むかを決める権利も、どちらも「自分の人生設計を自分で決める」という同じ根っこから生まれています。包括的性教育を通じて、幼少期からこうした選択の自由と権利について正しく学ぶことが重要です。一人ひとりが自分らしい人生を歩める社会の実現こそが、真の人権保障といえるのではないでしょうか。そして、それがジョイセフの目指す未来でもあるのです。